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エリンディルという大陸がある。 その大陸には、巨大な雲が降りて来たかのような霧に包まれた森があった。国の一つや二つを足してもなお森の広さに届かないほどの広大な森。 エリンディルの人々はその森を称して霧の森、と呼んでいる。 千年の昔から霧が晴れた事のないその森は、霧だけではなく雨もよく降りしきる。今日もまた、霧雨が止む気配もなく森を濡らす。夜も明けようとしているのに、太陽の光は今日も霧と雲に遮られてろくに森に届きはしなかった。 霧の森の外れの大きな木の下。 そこにあるのはつい先程盛られたばかりとおぼしき土の山。その頂に立てられたガーゴイルを模したような人形のようなオブジェが、寂しく霧雨を浴びていた。 その土の山はさして大きくない。人一人が入るだけの穴を掘り、その中に人を埋めて再び土を被せた程度の大きさ。 ――つまりは、即席の墓である。 この中に眠っている一人の男は、人間ではない。正確に言えば人工生命。自然ならざる方法で生み出された者達の部品を組み合わせて作り出された、人ならざる者。 けれどその心は……誰よりも人間臭く、人間らしかった。 だが最早その肉体に心はなく、魂も宿ってはいない。 土の下の肉体には無数の刀傷が刻まれ、纏っていた衣服も切り裂かれ血塗れになり、その残骸だけが彼の遺体を包むのみだった。 彼の仲間だった者達は、既にこの場を去った。 彼を含めた四人の旅人達は、戦いの旅を続けていた。 幾度もの戦いを潜り抜け、軽口を叩き合い、笑い合っていた仲間は……ほんの僅かな時の壁に遮られ、彼を助ける事が出来なかった。 少女は呆然と泣き、青年は属していた組織を離れ、女は沸き上がる激情を噛み殺して無言を貫いた。彼の育ての親とも言える幼女は、むせび泣いた。 だが彼は、何の感情も表す事は出来なかった。 死んでしまったからだ。 仲間達は最後まで、墓の前を離れることを躊躇った。このまま去ってしまえば、これまで共に旅してきた仲間と永遠の別れをしなければならなくなるのだから。 現実を受け入れたくなかった、と言った方が正しいのかもしれない。その日の昼には共に昼食を取り、昼寝をし、川で水遊びをし、下らない冗談でただ笑い合っていた仲間が、今は見るも無残な亡骸と成り果てて二度とかつてのような時間を過ごせなくなったのだから。 けれど、旅を止める訳には行かなかった。 だから仲間達は、後ろ髪を引かれながら彼の許から去った。 ――再び、静寂が訪れる。霧雨ばかりが降り注ぐ静寂のみが。 そんな時だった。 不意に厚い雲が割れ、その狭間から鮮やかな金色の陽光が霧を照らしていく。 空を覆う雲からすればそれは王の間に敷かれた絨毯に針を刺したほどの、僅かな狭間。だが。その狭間から漏れる光は、彼が眠る土の山を煌々と照らし出すには、十分な量を持っていた。 土の山に降り注いでいた霧雨は、そこの空間だけ切り取ったかのように降るのを止め、広大な森を千年の間包み込んでいた霧は、その場だけ完全に消え失せてしまった。 周囲の森は以前寒々とした空気を漂わせている。だが、そこだけは。 まるで春の木漏れ日を思わせる、暖かな心地よい空気ばかりが流れていた。 ――ふと、そこに一人の少女が立っていた。 背丈は小さい。だが地面に付くほど長い柔らかな白髪からは、金の光が発せられている。 その姿を見る者がいたならば、彼女の身体を通した向こうにうっすらと森が見える。 彼女は肉体を持っていないらしかった。見る者が見ればそれは幽霊か精霊か、と判別することが出来ただろう。しかし完全に彼女の正体を知る者は、おそらくはいない。 彼女は、金の瞳を土の山に向け。憂いの色を、そっと瞳に浮かばせた。 「……貴方は、ここで死ぬべきではなかったのかもしれない」 誰が聞くわけでもない独白を、静かに紡いでいく。 「けれど運命は、貴方に死を与えた。それは避けられたかもしれない運命。でも今、ここに厳然と存在してしまった運命。それを覆す事は――もう、出来ない」 淡々と紡がれる言葉。けれど痛々しいほど悲しみを含んだ、言葉。 「貴方の愛した仲間達との旅は終わってしまった。――けれど」 少女は、そっと両手を土山に翳す。 「貴方を必要としている人は、存在している」 両手から現れるのは、淡く緑色に輝く鏡のような、“何か”。それは地面と垂直に立っていた。 「貴方が生きるべきだった運命とは少し異なってしまうけれど」 緑の鏡のような“何か”に吸い寄せられるように、土の中から男の亡骸が浮き上がってくる。浮き上がる亡骸は、“何か”……いや、少女に近付いていけば、徐々に男の体から傷が消え、衣服の残骸だった物も段々と形を取り戻していく。 「貴方には、もう一人。支えてあげてほしい女の子がいるの」 やがて、鏡の前に彼が浮かんで止まった時には、彼は生前の姿を完全に取り戻していた。 「――再び、生きて」 彼女の囁きと共に、彼の身体は“何か”に吸い寄せられ。エリンディルから消え去った。 時間にして、僅か。雲を割った狭間が、風に吹かれた雲に再び遮られる程の時間。 そこは何事もなかったかのように、先程までの光景を取り戻し、盛り土はなおも変わらず盛られたばかりの姿を取り戻していた。 その盛り土の中に男はいない。 その盛り土の前に少女もいない。 運命の悪戯によって仲間と分かたれた男は、エリンディルを去った。 ダイナストカバル極東支部長、トラン=セプターの旅は終わりを告げた。 けれどそれは全ての終わりではない。 新たなる冒険の始まり、だった。 そして彼は、目覚める。 草むらに倒れ付している自分を見下ろす、かつての旅の仲間だった少女と似たような背丈の美少女……だが、纏う雰囲気は決定的に違う。 「あんた、誰?」 トラン=セプター。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 運命の大精霊アリアンロッドの、導きであった。
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第14話 剣の誇り (前編) 奇怪宇宙人ツルク星人 登場! 「ウルトラ・ターッチ!!」 ルイズと才人のリングが合わさり、ウルトラマンAがトリスタニアの街に降り立つ。 メカギラスの襲来から一夜明けたこの日、トリスタニアは新たな脅威に晒されていた。 石造りの建物がバターのように切り裂かれ、崩れ落ちた瓦礫を巨大な足が踏みにじる。 それは、緑色の肌と爬虫類のような顔を持ち、両腕に巨大な刀をつけた怪物。 その名はツルク星人、かつて地球で数多くの人間を惨殺し、ウルトラマンレオを苦しめた凶悪な宇宙人だ。 「タアッ!!」 エースは構えをとり、ツルク星人を見据える。だが、いきなり攻撃を仕掛けることはしない。なぜなら、星人の 両腕に取り付けられた刀は、例え鉄でも軽々切り裂く恐るべき武器で、直撃されたらウルトラマンでも危ないからだ。 しかし、両者の均衡は、両手の刀を振りかざして猛然と襲い掛かってきた星人によって破られた。 「シャッ!!」 エースは宙に飛び、太陽を背にしてツルク星人に空中から攻撃を仕掛ける。星人は、慌てて空へ跳んだエースの 姿を追うが、真っ白な太陽の光がその視界を真っ黒に染め上げた。 「デャッ!!」 必殺キックが星人の顔面に直撃! ふらつく星人にエースは機を逃さずにパンチやキックを打ち込む。 だが、視力の戻った星人は猛然と両腕の刀で反撃に出てきた。 30メイルはあろうかという巨大な刃がエースに向かって振り下ろされ、間一髪エースは後ろへ飛びのいてかわしたが、 星人は蟷螂のように2本の刀を振ってエースを追い詰め、空気を切り裂く音が鳴る度に、建物が切り裂かれて 崩れ落ちていく。 こんなとき、格闘能力に優れたレオならば、星人の刀を受け止めて反撃をおこなえるが、残念ながらエースに そこまでの格闘センスはない。ただし、エースにもレオにはない武器がある。 そして、完全に調子に乗った星人は、一気にエースを仕留めるべく、両手の刀を同時に振りかざしてエースに 飛び掛ったが、実はこれこそエースの狙いであった。 闘牛のように突進してくる星人に、エースは両手をつき合わせて向けると、その手の先から真赤に燃える 灼熱の火炎がほとばしる!! 『エースファイヤー!!』 火炎は星人の顔面を直撃、突進の勢いでかわすこともできずに見事カウンターの形で命中したそれは、 トカゲのような星人の皮膚の表面を瞬時に気化させて、爆発まで引き起こさせた。 煙が晴れたとき、星人は顔面を黒こげにして両手で傷口を押さえ、反撃も忘れて金切り声をあげてもだえていた。 「テェーイ!!」 エースは、顔面に大火傷を負って戦意を失った星人に怒涛の攻撃を炸裂させる。 チョップ、パンチ、キックが星人のボディに次々と吸い込まれ、その体力を削ぎ取っていく。 「ダァァッ!!」 とどめに、エースは星人の右腕の刀の峰の部分を掴み、思い切り放り投げた。 瞬間、地響きを立てて星人は大地に叩きつけられる。そして、フラフラになりながらも立ち上がってきた星人に、 エースは体を左に大きくひねり、その両腕をL字に組んだ。 『メタリウム光線!!』 赤、黄、青に輝く美しい光線が放たれる。だが、なんということか、星人はメタリウム光線が放たれるよりも 一瞬だけ早く、残った力で宙へ飛び上がり、光線をかわしたかと思うとそのまま煙のように消えてしまったのだ。 (しまった! 逃げられた) まだ星人に逃げを打つ余裕があったことを読み違えたエースは、星人の消えた空を見上げたが、すでに 星人の姿はどこにもなかった。残ったのは、青い空と、廃墟となった街を駆け抜ける静かな風のみだった。 「……ショワッチ!!」 確かに深手は負わせた。だが星人はまだ死んではいない、飛び立ったエースの胸中には一抹の不安がよぎっていた。 「この犬ーっ!! あんたのせいで奴に逃げられちゃったじゃないのよー!!」 「えーっ!? なんで俺!?」 変身を解いた後、才人はなぜか激怒しているルイズの理不尽な怒りを一身に受けていた。 「普段役に立たないんだから、こういうときくらいきちんとサポートしてなさいよ。この、この!!」 「そう言われても、まさかあそこで逃げられるとは思ってもみなかったし。それに、俺普段からけっこう役に立ってるんじゃないか?」 腹が立って反論してみた才人だったが、これがまずかった。 「なあに、あんたご主人様に反抗する気? そう、昨日はあれだけ頑張ったってのに、あの事なかれ主義の 鳥の骨のおかげで姫様にまで心労をかけてしまって、これで勝てばお心も晴れると思ったのに、後一歩ってところで」 それで才人にもルイズの不機嫌の合点がいった。要は姫様命のルイズのマザリーニへの不満の八つ当たりだ。 鞭を振り上げるルイズに、こういうときどんな弁明をしても逆効果だと学習してきた才人はとっさに話題を変えた。 「ちょ、それよりも、逃げた星人のことが問題だろ」 すると、どうにか効果があったようで、ルイズは鞭を下ろすと少し考えて言った。 「ち、まあ、そうだけど……たいして強い奴じゃなかったじゃない。また来ても別に怖くないわ」 確かに、ツルク星人は両腕の刀を除けばたいした武器は持っていない。かつて宇宙パトロール隊MACは これに苦戦し、ウルトラマンレオも一度は敗退したが、当時のレオは地球に来たばかりで、それまでの ウルトラ兄弟と比べて格段に技量が劣っていたころだったし、MACも結成されたばかりで、実戦は マグマ星人と双子怪獣のみというあたりだったから仕方が無い。 ただし、才人が言おうとしているのはそういうことではなかった。 「あいつがヤプールの息がかかっているのはまず間違いない。けど、前回のメカギラスといい、なんで超獣じゃなくて 宇宙人を送り込んできたかってのが問題なんだ。大して強くもないやつを」 「? ……そりゃあ、超獣がいなかったからじゃないの?」 適当に言った答えだったが、意外にもそれは才人の考えを射抜いていた。 「実は俺もそう思う。ここに来る前に、ロングビルさんに話を聞く機会があったんだけど、ヤプールに 洗脳される直前に「今エースを倒せるほどの超獣を作り出せるほど余裕が無い」って言ってたそうだ。 多分、まだヤプールは次々超獣を作り出せるほど復活してないんじゃないかな」 「だから、手下の宇宙人を使ってるってこと?」 才人はうなづいた。 ヤプールは超獣だけでなく、多数の宇宙人をも配下にしていることは知られている。アンチラ星人、ギロン人 メトロン星人Jrなどである。近年ではテンペラー、ザラブ、ガッツ、ナックルの4大宇宙人を操って神戸の街を 破壊し、ウルトラ兄弟と激戦を繰り広げたのはまだ記憶に新しい。しかもこの場合は本人達も自覚せぬうちに 精神を支配され、操り人形にされていたというのだから恐ろしい。 また、そうでなくてもバム星人のように侵略の分け前を狙ってヤプールにつく宇宙人も大勢出てくることだろう。 だがルイズはまだことの深刻さを理解してはいないようだった。 「別にけっこうなことじゃないの? 超獣なら苦労もするけど、あんなやつしかいないならエースなら楽勝でしょ」 「そりゃ巨大化したならな、けど宇宙人は頭がいいから……」 「あーっ! もういいわよ。どっちみちまた出たならやっつければいいだけでしょ。それよりもうすぐ学院に帰る馬車の 時間よ。昨日のことはしょうがなかったけど、これ以上サボるわけにはいかないからね」 そうだ、ルイズはあくまで学生で、授業を受けなければならないという義務がある。そして、本来そちらが 怪獣退治より優先されるべきことなので、才人も強くは言えなかったが、どうしても逃げたツルク星人のことが 気になって、もう一度だけ頼んでみた。 「なあ、もう1日この街にとどまれないか?」 「だめよ、さっさと帰らないと授業についていけなくなるわ。あんたわたしを留年生にするつもり? 心配しなくても、 あれだけ深手を負わせたんだから当分出てこないわよ。出てきたらそのときは学院にも連絡が来るから、飛んで いけばいいでしょ。さっさと行くわよ」 残念ながらにべもなかった。 しかし、ツルク星人の行動パターンから、どうしても心のなかから不安が消えることはなかった。 そして、才人にはどうしても気になることがもうひとつあった。それは地球で2006年から2007年に異常に怪獣や 宇宙人が頻繁に襲来してきた時期、それが実はヤプールが特殊な時空波を使って呼び寄せていたためであり。 もし、ハルケギニアでも同じことをされたら…… その後、魔法学院に帰ったルイズ達は午後からの授業に出席し、その間才人はルイズの部屋の掃除や、 街であったことのオスマン学院長への報告、その後は食堂の手伝いをしてシエスタ達と夕食を食べて夜を迎えた。 「ふわぁぁ……じゃ、明日またちゃんと起こしなさいよね」 「ああ、お休み、ルイズ」 部屋の明かりが消え、ルイズはベッドで、才人はわら束でそれぞれ横になった。 それから数分後、ルイズが寝息を立て始めたのを確認すると、才人は静かに起きだして出かける支度を整えると、 部屋を抜け出してオスマンに会って事情を説明し、ロングビルに馬を一頭貸してもらうように話をつけた。 厩舎は、さすがに深夜のため静まり返っていたが、なぜかそこで見慣れたメイド服を見つけてしまった。 「シエスタ?」 「あっ、サイトさん! ど、どうしてこんなところに!?」 「それはこっちの台詞だよ。女の子がひとりでこんな人気の無い場所にいたら危ないだろ」 「い、いえわたしは同僚が急病で、代わりに厩舎の見回りに来てたんですが、サイトさんこそなんでこんなところに?」 どうやら、鉢合わせしたのは本当に偶然だったらしい。だが、これもなにかのめぐり合わせと、才人は 部屋に残したままのルイズのことを頼むことにした。 「そうだ、ちょうどいいや。ちょっと街まで行くから馬を一頭借りていくよ。学院長にはもう話を通してあるし、 何も無ければ朝には帰ってくる。けど、もし戻れなかったときはルイズによろしく言っといてくれ」 「えっ、どういうことですか!?」 「ちょっと気になることがあってな。あいつに授業サボらせるわけにはいかないから俺一人で行ってくる。 洗濯がどうとか言うと思うが、悪いけど適当に相手してやってくれ」 そう言うと、才人はロングビルに比較的大人しくて扱いやすいと言われた馬にまたがると、不慣れな手つき ながら手綱を握った。 「じゃあシエスタ、頼めるかな?」 「わかりました。事情はわかりませんが、何かお考えがあってのことですね。ミス・ヴァリエールのお世話は お任せください。けど、早く帰ってきてくださいね」 心配そうに見つめているシエスタに、才人は出来る限りの笑顔を向けると、ルイズの見よう見まねで馬に 鞭を入れて、夜の街道へと走り出した。 一方そのころ、トリスタニアの街では、深夜だというのに街中をたいまつやランタンを持った兵士が行きかい、 まるで昼間のように騒々しい体をなしていた。 「おい、そっちにいたか?」 「いや、こっちはいない」 「おい!! 5番街のほうでまた二人やられてるぞ」 「なに!? くそっ、これでもう15人目だ、いったいどうなってやがるんだ」 街中を右往左往する彼らの中を不吉な情報が飛び交っていく。 事の発端はこの2時間ほど前、酒場から自分の屋敷に帰ろうとしていた、ある中級貴族が突然襲撃 されたことから始まった。 襲撃者は、いきなり彼らの眼前に現れると、先導していた従者を斬り殺し、一行に襲い掛かってきた。 もちろん、その貴族は酔いを醒まし、即座に『エア・ハンマー』の魔法で迎え撃ったが、なんとそいつは ジャンプして空気の塊を飛び越すと、そのまま目にも止まらぬ速さで次の呪文を唱えている貴族を鋭い 刃物で胴から真っ二つにしてしまった。 残った使用人達は、主人が殺されるや、蜘蛛の子を散らすようにバラバラになって逃げ出した。そのうちの 一人が衛士隊の屯所に駆け込み、事を話すとただちに詰めていた20人ほどの衛士が現場に急行したが、 すでに犯人の姿は無く、無残な遺体を目の当たりにして、彼らは口を覆った。 だが、この夜の悪夢はまだ始まったばかりであった。 引き上げようとする彼らの元へ駆けて来た伝令が、2リーグほど離れた場所での同様の事件を報告してきた のを皮切りに、街のいたるところで貴族、商人、見回りから物乞いにいたるまで次々と殺人が起きていること が明らかとなり、衛士隊はこれが自分達の職務を超えていることを知って、王宮に救援を求めるとともに、 非番の者も召集してのトリスタニア全域の一斉封鎖を開始した。 しかし、千人近くを動員しての捜索にも関わらずに、犯人の行方はようとして知れなかった。 唯一、目撃者の証言によれば、悪魔のような風体をした亜人で、両腕に巨大な刀をつけていて、猿のように 身軽であることがわかっているくらいだった。 「おい、裏通りでまた一人殺されてる!」 「ちきしょう、いったいどこに隠れてやがるんだ」 彼らの必死の捜索も虚しく、犠牲者の数は増え続け、遂に首都全域に戒厳令が敷かれるにいたった。 「こちら、王立魔法衛士隊です。現在トリスタニア全域に戒厳令が公布されました。市民の皆さんは許可が あるまで決して屋外に出ないでください。外出している人は、すみやかに最寄の建物に入ってください。 こちらは王立魔法衛士隊です。非常事態により、現在トリスタニア全域に戒厳令が敷かれています……」 上空からヒポグリフやグリフォンに乗った騎士達が、鐘を鳴らしながら市民に呼びかけていた。 混乱を避けるために、正体不明の殺人鬼が徘徊していることは伏せられていたが、慌しく駆け回る兵士達の 姿を見たら、いやがうえでも住民の不安はつのる。もたもたしている時間は無かった。 だが、それから1時間後に、必死の捜索が実り、遂に街道近くの馬車駅で怪人を捕捉することに成功した。 「屋根の上だ、取り囲んで退路を塞げ!!」 「照明だ、奴を照らし出せ!!」 兵士達が駅の周りを取り囲み、魔法衛士隊が空中から目を光らせる。 そして、火系統のメイジが放った魔法の明かりがそいつを照らし出したとき、とうとう怪人はその禍々しい姿を 人々の前に現した。 歪んだ鉄のマスクのような顔と赤く爛々と光る大きな目、しかもその顔の半分はどす黒く焼け爛れていて 醜悪さを増し、さらに黒々とした体表と手の先にだけ毛を生やし、両手の先を死神の鎌のような巨大な刀にした 姿はまさに悪魔と言うにふさわしかった。 「あ、亜人?」 「いや、悪魔、ありゃ悪魔だ!!」 兵士達の間に動揺が走る。その隙を怪人は見逃さなかった。 「跳んだ!?」 壊れた弦楽器のようなこすれた声をあげ、怪人は屋根の上から人間の5倍以上はある跳躍を見せ、眼下の 兵士達に襲い掛かった。 たちまち逃げる間もなくふたりの不幸な兵士が鎧ごと胴体を真っ二つにされて息絶える。もちろん、怪人の 攻撃はそれで終わりはしない。 「む、向かい撃て!!」 隊長の叫びで、恐怖に支配されかかっていた兵士達は、それから逃れようと叫び声をあげて怪人に 斬りかかっていくが、その勇敢だが無謀な行為はすべて彼らの死であがなわれた。 「平民共、どけ!!」 あまりにも一方的な展開に、魔法衛士隊が高度を下げて参戦してきた。別に平民を助けようとか思ったわけ ではなく、兵士達がやられている間何をしていたのかと後で叱責されるのを避けるためだったが、結果的に 兵士達は逃げ延びる時間を得ることができた。 「エア・カッター!!」「フレイム・ボール!!」 魔法衛士隊は高度20メイルほどから攻撃を開始した。それ以上高くては闇夜で狙いを定められず、低くては 反撃を受ける恐れがあるための絶妙な位置加減だったが、怪人の身体能力は彼らの予測を大きく上回っていた。 怪人は、放たれた魔法を俊敏な動作ですべて避けきると、そのままジャンプして両腕の刀を二閃させ、 ヒボグリフとその主人を兵士達同様に切り裂いてしまった。 「そんな馬鹿な、あいつは本物の悪魔か!?」 王国最精鋭の魔法衛士隊ですら軽々と餌食にしてしまった怪人に、否応も無く兵士達の恐怖心はつのる。 残った魔法衛士隊は仲間のあっけないやられ様に怒りを覚えたが、同時に未知の敵への恐怖心も強く、 高度を上げて逃げてしまい、地上の兵士達は再び死神の鎌の前に差し出された。 「うわあっ、た、助けてくれえ!!」 すでに兵士達は逃げ惑う羊の群れでしかなかった。 怪人は、まるで狩りを楽しむかのように彼らの背後に迫っていく。 だがそのとき、怪人の足元に突然多数の銃弾が殺到して火花を散らせ、怪人の動きが止まった。 「王女殿下直属銃士隊、参る」 それは、王宮から急行してきたアニエス率いる銃士隊の放った援護射撃だった。 「第2射、撃て!!」 副長ミシェルの命令で後列に構えていた隊員達が銃を放つ。彼女達の装備している銃は前込め式の単発銃 なので連射するためには射手が複数いるか、あらかじめ銃を複数持っているしかないからだ。 だが、怪人は立ったままほとんどの弾丸をその身に受けたにもかかわらず、平然としていた。 「銃が効かんか、なら切り倒すまでだ、かかれ!!」 副長の命令で銃士隊は全員抜刀して怪人を包囲しにかかった。 銃士隊は、王女の直属警護部隊に抜擢されるだけあって、接近戦では一人で一般兵士の5人分に相当する 強さを見せるとも言われ、さらに集団戦法を用いれば無類のチームワークで凶暴な亜人とも渡り合うこともできる。 今回の戦法は、かつて辺境の村を襲ったオーク鬼を包囲し、集中攻撃で仕留めたときの布陣であったが…… 「やれ!!」 合図とともに二人の銃士隊員が同時に斬りかかる、しかし怪人はそれより早く動いて一人を切り伏せると、 返す刀でもう一人に襲い掛かり、とっさにその隊員が盾にしようとした剣ごと彼女を切り裂いてしまった。 「ミーナ、シオン!! おのれっ!!」 仲間を殺され、怒る隊員達の声が夜空に響く。だが、怪人はまるで殺しを楽しむかのように刀をゆらゆらと 降って余裕を見せてきた。 「なめおって、こうなれば一斉攻撃だ。全員かかれ!!」 ミシェルの声とともに隊員達は一斉に剣を振りかぶる。 だが、彼女が指揮を執っていることに気づいた怪人は隊員達が動くより早く、刃を彼女に向けて飛び掛ってきた。 「くっ!?」 とっさに剣を抜いて受け止めようとしたが、一刀で剣の刃を根元から切り落とされて、丸腰にされてしまった。 そしてその悪魔の刃が次に彼女の首を狙った、そのとき。 「待てーっ!!」 馬の蹄の音とともにやってきた叫び声が彼女達の動きを止め、怪人もそちらに注意を向けた。 「あいつは!?」 彼女達はその声と姿に覚えがあった。 「ツルク星人ーっ!!」 そう、2時間前に学院を出発した才人がようやくトリスタニアに駆けつけてきたのだ。 彼は、駅で暴れているのがツルク星人だと知ると、すぐさま馬を駆けさせ戦いに割り込んだ。 等身大ではすさまじく素早いツルク星人にはガッツブラスターは通用しない。彼はデルフリンガーを引き抜くと 馬から飛び降りた。すると、左手のガンダールヴのルーンが輝き、彼に銃士隊さえ超える俊敏さが備わり、 そのまま勢いのままに上段から思い切り振り下ろした。 「くっ!」 だがやはり正面からの攻撃では星人に避けられてしまった。さらに、体勢を立て直そうとしたところに 星人が右腕の剣を振り下ろしてくる。彼はなんとかそれを受け止めたが。 「相棒、伏せろ!!」 「!?」 デルフの声に従い、才人はとっさに身をかがめた。直後、彼の首のあった空間を星人の左手の刃が 風を斬りながら通り抜けていった。 「次は左だ!! かわせ!!」 息つく間もなく星人の攻撃は続く、才人はデルフの指示に従って、嵐のような星人の連続攻撃を しのぐ。自称伝説の剣であるデルフリンガーはなんとか星人の刀との打ち合いに耐えていたが、 ガンダールヴで強化された才人の動体視力を持ってしても、星人の2本の刀の攻撃は見切りきれずに、 どんどん追い詰められていった。 「うわあっ!?」 「相棒!!」 ついに才人は星人の剣撃に耐えられず、デルフリンガーごと吹っ飛ばされてしまった。 地面に倒れこむ才人にとどめを刺そうと星人の剣が迫る。そのとき!! 「でやぁぁっ!!」 突然飛んできた一本の剣が、いままさに才人に向かって剣を振り下ろそうとしていた星人の顔の 中央に突き刺さった。 その剣は、星人の頑強な皮膚に阻まれてほんの数サントしか刺さっていなかったが、それでも 星人は顔面を押さえて苦悶し、金切り声をあげると、夜の闇の中へと跳躍して姿を消した。 「や、やった……」 「隊長……」 その剣はアニエスが投げたものだった。彼女は星人の気配が完全に無くなったのを確認すると、 隊員達に負傷者の収容をするように命じて、才人とミシェルに向かい合った。 「また会ったな、少年。確か、ヴァリエール公爵嬢の使い魔だったか、先日はお前のおかげで大変 世話になったな」 「あ、その節はどうも」 どうやら、ルイズの爆発に巻き込まれて城の床で一晩越せさせられたのを根に持たれていたらしい。 しかし、嫌味はそのくらいにしてすぐさま本題に入ってきた。 「さて、お前はさっきあの怪物のことを"ツルクセイジン"とか呼んでいたな。しかも、ヴァリエール嬢は 魔法学院に帰ったというのに、使い魔のお前だけがこんな時間にこんな場所になぜいる? お前は 何を知っているんだ」 有無を言わせぬ強い口調と、嘘を許さぬ鋭い眼光でアニエスは才人に迫った。 才人は、ごまかしきれないと思い、知っていることを話すことにした。 「あいつはツルク星人、昨日城を襲ったバム星人と同じく、昔俺の国を荒らした奴の仲間で、多分 ヤプールの手下さ。昼間エースに深手を負わされたから、もしかして仕返しに来るんじゃないかと 思って来てみれば案の定だったよ」 「昼間エースに? あの怪獣のことか、だが奴はあれとは姿形がまったく違うぞ」 「ツルク星人は巨大化時と等身大時では姿がまったく違うんだよ。ただ、両腕の鋭い刀と、昼間の 戦いでエースの火炎でつけられた顔面の火傷の跡はそのままだったろ」 怪訝な表情をするアニエスに才人は、ツルク星人の特徴を説明していった。等身大と巨大化時で 姿がまったく違う星人には、他にカーリー星人、バイブ星人、ノースサタンなどがいて、どいつも 等身大時は並外れた格闘能力を誇る、おそらくは状況に合わせた星人なりのタイプチェンジなの だろうが、ツルク星人はその中でも特に凶悪で残忍な部類に入る。 「なるほど、わかった。しかし、ウルトラマンさえ取り逃した相手を、たった一人で止めようとは、 剣術に優れているのは分かるが、自惚れているのではないか?」 するとデルフが鞘から出てきて、カタカタとつばを鳴らしながらアニエス達に言った。 「確かにそうかもな。だがな、さっき相棒が飛び込まなかったら、そっちの副長どのは間違いなく 殺されていた、いやあ、そのまま全滅していただろうな」 「なに、貴様!!」 「よせミシェル、少し頭を冷やせ。それで、講釈はもうそれで十分だ。あと聞きたいことはひとつ、 奴の仲間は昔貴様の国で暴れていたと言ったが、そのときはどうやって倒されたんだ?」 さすが、現実的な思考をしているなと才人は感心した。あれだけの力の差を見せ付けられながら、 もう次に勝つ手段を模索しているとは。 「ああ、以前はウルトラマンレオ、エースの仲間だけど、彼が戦ってくれたんだが、最初の戦いでは 残念ながら星人に負けてしまったんだ」 「ウルトラマンが、負けた!?」 「ウルトラマンだって、別に神じゃない。あんたらもさっき見ただろう、奴は剣の一撃目をかわしても、 受けても、もう一本の刀で二段攻撃を狙ってくる。それをかいくぐって星人本体を狙うのは並大抵の ことじゃない」 「だが、最初の戦いということは、彼は次の戦いで奴に勝ったのだろう。言え、星人の二段攻撃を 破り、奴を倒したその戦法を」 才人は少し逡巡したが、やがて一言だけ口にした。 「三段攻撃だ」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百三十七話「四冊目『THE FINAL BATTLE』(その1)」 スペースリセッター グローカーボーン 登場 『古き本』も遂に三冊、半分を完結させることに成功した。するとそれまでずっと眠り続 けていたルイズが目を覚ました! 喜びに沸く才人たちであったが、現実はそう甘くはなかった。 目覚めたルイズは、全ての記憶を失っていたのだ。自分の名前すら思い出せないありさま。 ぬか喜びだったことが分かり、才人たちは思わず落胆してしまった。 やはり、『古き本』の攻略は最後まで進めなければならないようだ。 三冊目攻略の翌朝、ルイズの看護を担っているシエスタが、ルイズのいるゲストルームに入室する。 「おはようございます、ミス・ヴァリエール。お加減は如何ですか?」 ルイズは既に起床していた。ベッドの上で上体を起こしている彼女は、シエスタの顔を 見返すと清楚に微笑んだ。 「シエスタさん、おはようございます」 「おはよう……ございます……!?」 ルイズの口からそんな言葉が出てくることに激しい違和感に襲われるシエスタ。本来の彼女は、 平民のシエスタに絶対に敬語を使ったりはしない。 「はぁ……ほんとに記憶の一切を失っちゃったんですね、ミス・ヴァリエール……」 「……ごめんなさい……」 ため息を吐いたシエスタに、ルイズは悲しげに眉をひそめて謝罪した。 「えッ?」 「どうやら、わたしが記憶を失っていることで、みんなを悲しませているようですね。さっき サイト……さん、だったかしら。彼も、どこか落ち込んでいられたようでした」 ルイズはルイズなりに、自身の状況を憂いているようだ。 「それでも、みんな笑顔を見せてくれる。それが、とっても悲しいの……。わたしを心配 してくれた人たちのことを、何も覚えていないなんて……」 「ミス・ヴァリエール……」 悲しむルイズの様子に胸を打たれたシエスタは、懸命に彼女を励ました。 「大丈夫ですよ! 必ず、サイトさんがミス・ヴァリエールの記憶を取り戻してくれます!」 そうして看護を行うシエスタは、密かにジャンボットにルイズのことを尋ねかけた。 「ジャンボットさん、ミス・ヴァリエールの記憶を他の手段で戻すことは出来ないんでしょうか?」 ルイズの脳を分析したジャンボットが回答する。 『難しいな……。記憶中枢が不自然に失活している。無理に回復させようとしたら、余計に 悪化させてしまうことだろう。最悪、一生障害が残る身体になってしまうかもしれない。 やはり、原因たる『古き本』をどうにかしなければならないだろう』 「そうですか……」 ジャンボットたちの力でもどうにもならないことを知って落ち込むシエスタ。彼女は同時に、 才人が残り三冊分も危険な戦いをしなければならないことに胸を痛めていた。 「……ところで、問題のサイトさんはどこに行かれたのでしょうか?」 『リーヴルのところへ行ったようだな』 才人は本件に対して、重要な鍵を握っているだろうリーヴルに直接話を聞きに行っていた。 リーヴルはおっとりした雰囲気に反して用心深いようで、何かを隠していることは確実なのだが それが何なのかは、タバサの調査でも解き明かすことが出来ないでいた。それ故、本人から 探り出そうと突撃したのだった。 しかし真正面から「何を隠しているんだ?」と問うたところで正直に答えるはずがない。 そこで才人は若干遠回しに攻めてみた。 「リーヴル、あんたは俺たちに随分協力的だよな。何日も図書館の部屋を貸してくれたり……」 「当図書館で起きた問題ならば、司書の私に責任がありますから」 「そうかもしれないけど……実は、リーヴルにも何か得することがあったりするのか? だからやたら親身になってくれるんじゃないかなって」 と聞くと、リーヴルはこんなことを話し始めた。 「……少し、私の話を聞いていただけませんか? ちょうど相手が欲しかったんです」 「え? 話って……?」 リーヴルは、昔話のような形式で話を語った。それは、小さな王国の民を愛する女王が、 可愛がっていた娘の患った重い病を治すために、悪魔と契約したという内容だった。 悪魔は女王の娘の病を治す見返りとして、女王の大切にしていたものを要求した。そして娘が 回復すると同時に……王国中が炎に巻かれ、悪魔の契約によって国民全員、果ては世界中の国々が 滅んでしまった。 その様子を見た女王は、娘に告げた。「あなたの病気が治って本当によかった」と……。 「……嫌な話だな。作り話にしたって、その女王様はわがまま過ぎるだろ」 聞き終えた才人は率直な感想を述べた。するとリーヴルが反論する。 「そうでしょうか? 悪魔以外に娘の病気を治せる者はいなかったんですよ? 娘が治るなら、 どんな代償だって……」 「でも、罪のない人たちを巻き込むのは間違ってるって」 「他人は他人。大事な人と世界……天秤に掛けるまでもなく、どちらが重いかは明白じゃないですか。 大事な人がいなければ、世界なんて何の意味も……」 そう語るリーヴルに、才人は返した。 「いや……俺は大事な人だけがいればいいなんて、それが正しいなんて思えない」 「……?」 「その女王様の話だってさ、世界に娘と二人だけしかいなくなって、それからどうやって 生きていくんだ? 多分、すぐ不幸になるさ。俺の経験から言うと、現実の世界ってそんな 甘いものじゃあないからな。それじゃあ、娘を治した意味なんてないじゃないか」 「……それはそうかもしれませんが……」 才人の指摘に戸惑うリーヴルに、才人は続けて語る。 「それにさ……大事な人、大事なものって言うのは、案外その辺りにたくさん転がってるものだよ。 俺は今シュヴァリエの称号を持ってるけど、それは今助けようとしてるルイズがいただけで得られる ものじゃなかった。シエスタやタバサ、魔法学院で出来た友達や先生の教え、他にも行く先々で 出会った人たちが俺に教えてくれたものがなければ、今の俺は確実になかったし、どっかで野垂れ 死んでたかもしれない。だから俺は、一人を助けられたらそれでいいなんてのは間違いで、みんなを 助ける! それが正しいことだと思う」 ハルケギニアに召喚される以前の才人ならば、リーヴルの言うことにある程度は納得した かもしれない。だが今は違う。多くの出会いと経験を積み重ねて、成長した才人はもっと 大きな視点から物を考えられるようになったのだ。 才人の意見を受けたリーヴルは、しかし彼に問い返す。 「みんなを助ける、と言いますが、あなたにはそれが簡単に出来るのですか? たとえば 先ほどの話ならば、悪魔にすがる以外に方法などありません。それとも、娘を見捨てろとでも?」 それに才人ははっきりと答えた。 「もちろん、簡単に出来ることじゃないだろうさ。失敗してしまうかもしれない。……だけど、 俺だったら最後まであきらめないし、妥協しない! どんなに苦しくたって、みんな助かる道を 最後まで探し続けるぜ!」 「……」 才人の言葉を聞いて、リーヴルはうつむいて何かを考え込んでいたが、やがてすっくと立ち上がった。 「少し、話し込んでしまったようですね……。本日の本の旅の時間です。準備は整っていますので、 あなたもご用意を」 「あ、ああ」 背を向けて立ち去っていくリーヴルを見送って、才人はゼロに呼びかけた。 「ゼロ、さっきのリーヴル話には何か意味があったのかな」 『わざわざあんな話をしたってからには、伝えたいものがあったんじゃないかとは思うな』 「じゃあ、さっきの話の中に真実が……もしかして、リーヴルは誰かを人質にされて俺たちを 本の世界に送ってるのかな?」 『そんな単純な話でもないと思うがな……。何にせよ、全ての本を完結させることについての リーヴルのメリットが分からないことには、何の断定も出来ないぜ』 話し合った二人は、それでも念のため、リーヴルの周囲に誰か消えた人がいないかということを タバサに調べてもらおうということを決定した。 そうして四冊目の本を選ぶ場面となった。 「それでは始めましょう。サイトさん、本を選んで下さい」 残るは三冊。それぞれを見比べながら、才人はゼロと相談する。 『ゼロ、次はどれがいいかな』 『次は……なるべく知ってる奴が主役の本を片づけていこう。ってことでその本だ』 ゼロが指定したのは、青い表紙の本であった。 「この本ですね、分かりました。では、良い旅を……」 『古き本』の攻略も折り返し地点。才人とゼロは四冊目の世界へと入っていった……。 ‐THE FINAL BATTLE‐ 宇宙の悪魔サンドロスが撃退されてから数年、壊滅してしまった遊星ジュランの復興とともに、 怪獣と人間の共生する世界のモデルを築く『ネオユートピア計画』の始動の時が近づいていた。 その第一歩として怪獣をジュランへ輸送する大型ロケット『コスモ・ノア』が建造され、その パイロットには春野ムサシが選ばれた。どんな苦難にも夢をあきらめなかった青年の奇跡が、 実現しようとしているのだ……。 しかし、宇宙開発センター上空に突然謎の円盤が出現。円盤から投下された巨大ロボットが、 コスモ・ノアを狙う! それを阻止したのは、ムサシとともに数々の脅威に立ち向かった英雄、 ウルトラマンコスモス! コスモスはロボットを破壊するものの、円盤からは次々にロボットが 現れる。コスモスの窮地にムサシは今一度彼と一体となり、ロボットの機能を停止させた。 これで当面の危機は凌げたように思われたが……そこに現れたのは、サンドロスとの戦いの時に コスモスを助けてくれたウルトラマン、ジャスティス。しかもジャスティスはロボットを再起動 させたばかりか、コスモスに攻撃してきたのだ! 赤いモノアイのロボット、グローカーボーン二体を張り倒したコスモス・エクリプスモードに、 ジャスティスは右拳からの光線、ジャスティススマッシュで攻撃する。 『ジャスティス、何故だ!?』 ムサシの問いにジャスティスは、駆けてきての蹴打で答えた。 「デアッ!」 かわしたコスモスにジャスティスは容赦なく蹴りを打ち続ける。何かの間違いではなく、 ジャスティスは明白にコスモスに対する攻撃意思を持っている! 『待て!』 訳が分からず制止を掛けるムサシに構わず、ジャスティスはコスモスの首を鷲掴みにして締め上げる。 「ウゥッ!」 『どうして……ウルトラマン同士が戦うんだ……!』 混乱するムサシ。ジャスティスはやはり何も言わないまま、コスモスをひねり投げた。 「デアァッ!」 「ウアッ……!」 反撃せず無抵抗のままのコスモスに対して、ジャスティスは容赦なく打撃を浴びせ続ける。 その末にコスモスを力の限り蹴り倒す。 「デェアッ!」 「ムサシーッ!」 コスモスが倒れると、ムサシのチームEYES時代の先輩であり、新生チームEYESのキャップに 就任したフブキが絶叫した。本来ムサシに個人的に会いに来ただけであり、非武装の今では コスモスを助けることは出来ない。 「ゼアッ!」 よろよろと起き上がるコスモスに、ジャスティスは再びジャスティススマッシュを食らわせた。 その攻め手に慈悲はない。 「グアァッ!」 「ムサシ! コスモス立てー!」 一方的にやられ、カラータイマーが赤く点滅するコスモスを、フブキが駆けていきながら 懸命に応援する。 「ジュッ……!」 「立て! コスモス! ムサシー!」 コスモスがやられている間に、グローカーボーンが起き上がって、両腕に備わったビームガンから コスモ・ノアに向けて光弾を発射した! 『やめろぉッ!』 叫ぶムサシ。コスモ・ノアが危ない! ――その時、空の彼方からひと筋の流星が高速で迫ってきて、コスモ・ノアの前に降り立った! 「あれは……!?」 「セェアッ!」 驚愕するフブキ。コスモ・ノアの盾となって、光弾を弾き飛ばしたのは、三人目のウルトラマン…… ウルトラマンゼロだ! 「ジュッ!?」 ゼロの登場に、コスモスも、ジャスティスも目を見張った。 「あのウルトラマンは……味方なのか、敵なのか……?」 訝しむフブキ。彼はジャスティスの行いで、それが分からなくなっていた。 「セアァッ!」 そんな彼の思考とは裏腹に、ゼロは瞬時にグローカーボーンに詰め寄って、鉄拳を浴びせて 片方を殴り倒した。 「キ――――――――ッ!」 ゼロを敵と認識したもう片方のグローカーボーンが即座に光弾を放ったが、ゼロはバク転で かわしながら接近し、後ろ回し蹴りで横転させた。 「ジュアッ!」 グローカーボーンと戦うゼロにもジャスティスは攻撃を仕掛けようとしたが、そこにコスモスが 飛びかかり、羽交い絞めにして阻止した。 「セェェェアッ!」 コスモスがジャスティスを食い止めている間に、ゼロはグローカーボーン一体をゼロスラッガー アタックで切り刻んで爆破し、二体目にはワイドゼロショットを撃ち込んで破壊した。 だがいくらグローカーボーンを破壊しても、大元の円盤、グローカーマザーから新たな機体が 送り出されようとしている。 『させるかよッ!』 するとゼロはストロングコロナゼロに変身して、上空のグローカーマザーに対してガルネイト バスターを放った! 『ガルネイトバスタぁぁぁ―――――ッ!』 灼熱の光線が直撃し、その猛烈な勢いによってグローカーマザーを押し上げ、大気圏外まで 追放した。 『ちッ、破壊は出来なかったか。頑丈だな……』 ゼロが舌打ちしていると、ジャスティスがコスモスを振り払ってジャスティススマッシュを 撃ってきた。 「デアッ!」 「! ハッ!」 すぐに気がついたゼロは光線を腕で弾く。そのままジャスティスとにらみ合っていると、 ジャスティスが、『聞き慣れた声で』問うてきた。 『お前は何者だ。何故お前も人間に味方するのだ』 「ッ!」 一瞬動きが固まったゼロだったが、気を取り直して、背にしているコスモ・ノアを一瞥 しながら答える。 『あれは地球人たちの夢の砦だ。そいつを壊していい道理がある訳ねぇ』 と告げると、ジャスティスはやや感情を乱したように言い放った。 『夢だと……お前もそんな曖昧なものを、宇宙正義よりも優先するというのかッ!』 ジャスティスがゼロへ駆けてきて殴り掛かってくるが、ゼロはその拳を俊敏にさばく。 『夢を奪うことが、正義なものかよッ!』 言い返しながら肩をぶつけてジャスティスの体勢を崩し、掌底を入れて突き飛ばした。 それでもジャスティスはゼロとの距離を詰めて打撃を振るってくる。 『奪う? 地球人こそがいずれ、略奪者となるのだ! それを未然に阻止することこそが正義だッ!』 荒々しい語気とともに放たれるパンチ、キックの連打。しかしゼロはそれら全てを受け流した。 『どんな事情があるか知らねぇが、まるで説得力がねぇな!』 『何!?』 『お前の拳がどうして俺に当たらないか分かるか? 感情的になりすぎてがむしゃらだからだ! 技はそのままお前の心の状態を表してるぜ』 ゼロの指摘を受け、心に刺さるものがあったかジャスティスが一瞬たじろいだ。 『何かの後ろめたさを強引に振り切ろうって感じの拳だ。そんな半端な拳は、俺には通用しねぇ。 コスモスだって、その気だったら今のお前なんか敵じゃなかっただろうぜ』 『……知った風な口を……!』 ゼロの言葉に何を感じたか、怒りを見せたジャスティスが光線を繰り出そうと構え、ゼロも 身構える。 だが二人の争いに、ムサシの叫び声が割り込んだ。 『やめてくれ! ウルトラマン同士で争い続けて、何になるんだ!? 話せば分かり合えるはずだッ!』 『……!』 それにより、ジャスティスは構えた腕を下ろした。ゼロもまた、これ以上戦おうとはせずに 構えを解く。 そしてジャスティスとゼロが同時に変身を解除し、光に包まれて縮んでいった。少し遅れて コスモスも、ムサシの身体に変わっていく。 「うッ……!」 「コスモス! 大丈夫ですか!?」 ジャスティスからもらったダメージが響いて倒れているムサシの元に才人が駆け寄ってきて、 彼に手を貸して助け起こした。 「君は……さっきのウルトラマンか……」 才人に肩を貸されたムサシが問いかけた。 「君は何者なんだ……? あの赤い姿からは、コスモスの光が感じられた……。どうして君が コスモスの光を持っている?」 「……」 才人は無言のまま答えなかった。ストロングコロナはダイナとコスモスから分け与えられた 光によって生まれた形態だが、この世界のコスモスにはあずかり知らぬこと。だがそれをどう 説明したらよいものか。 才人が黙っていたら、フブキが二人の元へと駆けつけてきた。 「ムサシ! 大丈夫だったか!?」 「フブキさん……」 「……そこの子供が、三人目のウルトラマンか……」 フブキは見ず知らずの才人を一瞬警戒したが、すぐにそれを解く。 「何者かは知らないが、ムサシとコスモスを助けてくれてありがとう」 「いえ……」 フブキが話していると……四人目の人物がコツコツと足音を響かせて現れた。 「コスモス、そしてもう一人のウルトラマンよ。お前たちがどうあがいたところで、デラシオンの 決定は覆らない」 「!」 振り返った才人の顔が、苦渋に歪んだ。 新たに現れた人物……状況的に、ジャスティスの変身者は……ルイズの姿形となっているのだ。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第四十六話 揺るがぬ意志との戦い 深海怪獣 ピーター 登場 照りつける日差しはトリステインでの真夏が小春に思えるほど暑く、全身から吹き出す汗は常時水筒の水を喉に欲しさせる。 道なき道は、一歩ごとに足を飲み込もうとし、歩くだけでも相当な体力を必要とする。 話に聞き、頭で想像していたよりもはるかに厳しい砂漠の旅が、弱音を吐く気力さえ一行から失わさせた。 だが、気力を振り絞ってひとつ、またひとつと砂丘を越え、ひときわ大きな砂の長城を一行は制した。その瞬間、先頭を 歩いていた才人の眼前に、ついに待ち望んでいた目的地が姿を現した。 「見えたぜ! あれがアーハンブラ城か、砂漠に浮かぶ島ってとこだな」 一週間の旅路を経て、ルイズたち一行はついに目的地であるアーハンブラへ到着した。 それまでの緑にあふれた世界から一転して、砂にあふれた乾いた世界。初めて見る砂漠を踏破して、とうとうティファニアが 囚われている古代の要塞へと、一行はやってきた。 「ここがガリアの最東端……人間の世界の終わりってわけね」 砂漠に孤高に立つ古びた小城を間近まで来て仰ぎ見て、ルイズは感慨深げにつぶやいた。 昔話や学校の歴史の授業で、過去幾百回と繰り返し聞かされた人間とエルフとの戦い。それが、ここでおこなわれてきたかと 思うと、散っていった幾万もの霊魂がさまよっているような、薄ら寒い錯覚すら覚える。 しかし、それとは別の悪寒を、ルイズたちはふもとの町から城へあがる道を歩きながら感じた。 「誰もいなかったわね。やっぱり、町全体が無人になってるのね」 どこまで行っても子供ひとり出てこないほど静まりかえった町が、これからティファニアを助けに行くのだという一行の心中に 水を差した。しかも、どの家も元々人がいないのではなく、きちんと戸締りされていた。つまり、少し前まで人間がいたという 生活観が残っていることが、よりいっそうの不気味さをかもし出している。 彼らは、ジョゼフの命によってアーハンブラから住人が強制退去させられたことを直前の宿場町で聞いてはいた。しかし いざ沈黙で覆われた町に迎えられてみると、嵐の前の静けさのような、待ち構えられているかのような圧迫感が伝わってくる。 そんな暗い雰囲気を敏感に察して、ルクシャナがやれやれと首を振った。 「あなたたち、そんなんじゃあ叔父さまに会ってもぜったいかなわないわよ。もっとシャキッとしてもらわないと、せっかく 連れてきた貴重な研究材料があっさり死んじゃったら、私の苦労が台無しになるんだからね」 自分が連れてきたくせに、まるで他人事のようにいうルクシャナにさすがに才人たちもカチンとくる。しかし、一週間の旅路で 彼女が研究第一で、その他は自分も含めて優先度ががくんと落ちることを知っていたたため、顔に出しても口には出さない。 その代わりに、エレオノールが別のことを尋ねた。 「ねえあなた、今日までもう何度も聞いたけど、あなたの叔父、ビダーシャルってエルフはそんなに強いの?」 「強いわよ。私たちエルフの行使手の中でも叔父さまほどの人はそういないわ。人間のメイジだったら、スクウェアクラスでも 素手で勝てるくらい。魔法を使えない兵士なら、四~五百人は軽く片付けられるでしょうね」 平然と話すルクシャナに、エレオノールは知っていたとはいえ、おもわずつばを飲み込んだ。 旅の途中で、一行はルクシャナから先住魔法を見せてもらっていた。彼女はたいした用もないのに精霊の力を行使するのは 冒涜だと言ったけれど、知識では知っていても、実際に見たことがあるものはいなかったから当然の備えである。が、いざ 目の当たりにしてみると、その威力は想像をはるかに超えていた。 ルクシャナが命じるとおりに森の木々が動き、鋭い槍や鞭に変形した。「風よ」と簡単に命じるだけで、タバサやエレオノールの 唱えた攻撃魔法が軽くはじきかえされてしまった。土も岩も水も、同様にルクシャナの言うとおりに動いて武器となった。実際、 学院のルイズの部屋で正体を明かしたとき、もしも交渉が決裂して戦闘になっていたら、石の精霊に塔を自壊させて全員を 生き埋めにするつもりだったらしく、一同はぞっとしたものである。しかも、ルクシャナ自身は戦士ではなく、行使手としては弱いというのである。 そんな相手とこれから戦わねばならないのかと、才人はうんざりした。 「なんとか、話し合いでティファニアを返してもらえないかなあ……?」 「叔父さまの性格からして、まあ無理でしょうね」 「そんなに気難しい人なのかよ?」 「よく言えば真面目、悪く言えば頑固者ってところかしらね。でも、保身しか考えてない評議会のおじいさんたちや、 決まりきったことしか研究してない学者たちよりはずっと物分りがいいほうよ。そこのところは、蛮人の世界とたいした違いは ないと思うわ」 ちらりと視線を向けられたエレオノールは、思い当たる節が多々あるので閉口した。 「ともかく、人格的には尊敬できる人よ。ただ、使命を果たすためなら自分の筋を曲げることもいとわない責任感の強い人だから、 正直言って説得は難しいと思うわ」 「やっぱりなあ……せめて、タバサとキュルケがいてくれたら心強かったんだけど。お母さんが急病じゃ仕方ねえもんな」 才人は、ため息をひとつついて西の空を望んだ。 タバサとキュルケが昨晩に一行から離脱したことは、ロングビルの口からタバサの母親が急病で倒れたという知らせが伝書 フクロウで来て、二人はそのためにシルフィードで帰ったというふうに説明されていた。これに、才人やルイズは土壇場で貴重な 戦力が離れることをもちろん惜しんだけれど、すぐにお母さんの命には代えられないなとあきらめたのだった。 こちらに残った戦力は、才人とルイズ、エレオノールとロングビル。なお、ロングビルの昨夜の負傷は自力で手当てをして、 後は代えの服で傷口を隠してごまかしている。ルクシャナは叔父と戦うわけにはいかないだろうから、実質のところは素人に 毛が生えた程度の剣士と、爆発しか使えない虚無の担い手、戦闘は専門外のメイジと、魔法の使えなくなった盗賊…… 他人が見たら、これでエルフに勝負を挑もうとするなど狂気のさた以外の何者でもないだろう。 だが、才人たちに引き返そうとする気持ちはさらさらない。自分たちの目的はエルフを倒しに来たのではなく、ティファニアを 救出しに来たのだ。その意味を履き違えるなと、才人とルイズは自らに言い聞かせる。 やがて丘の上の城門に一行はたどりついた。巨大な鉄製の門は固く閉ざされていて、まるで動く気配もなかったが、 ルクシャナが前に立っただけで開門した。どうやら、ルクシャナが到着したら開くようにビダーシャルが門の精霊と契約していたらしい。 城門をくぐると、突然それまでの砂漠の熱気が消えて、秋口のような涼しげな空気が一行を包んだ。 「うわっ? なんだ、急に涼しくなったぞ」 「ああ、叔父様がこの周辺の大気の精霊と契約して、気温を下げてるんでしょう。わたしも自分の家の周りにこれをやってるけど、 城ひとつを覆わせるなんてさすが叔父様ね」 軽く言うルクシャナに、一行は例外なくぞっとした。いくら小さいとはいえ、城ひとつを覆う大気を自在に操るとは。同じことを 人間の風のメイジで再現しようとしたら、いったいどれだけの人数が必要になるか想像もつかない。 「たいしたものね……」 「あら、このくらいで驚いてたらとても叔父様の相手はできないわよ。それに、契約がなされてるってことは、ここに間違いなく 叔父様がいるってこと。覚悟しておくことね」 ごくりとつばを飲み込む音が誰からともなく流れた。 城内はルイズたちが想像したものを裏切り、古城とは思えないほど美しく整えられていた。だがやはり、人の気配は皆無で、 その生活感のない無機質さが才人たちをいっそう警戒させた。 兵士たちの詰め所を素通りし、廊下をしばらく進むと中庭に出た。そこは、砂漠の中だとは思えないような、水をたたえた オアシスになっていて、乾燥した世界に慣れていた才人たちの目を癒した。しかし、彼らの目を本当にひきつけたのはそこでは なかった。池のほとりの芝生の上で、憂えげに空を見上げている金色の妖精……その姿が蜃気楼でないとわかったとき、 誰よりも早くロングビルがその名を叫んでいた。 「テファ!」 「えっ? えっ!? あ、マ、マチルダ姉さん!?」 戸惑いながらもティファニアがロングビルの本名を答えたとき、真っ先にロングビルが駆け出し、一歩遅れて才人たちも続いた。 駆け寄ってきたロングビルとティファニアは熱い抱擁を交わしあい、互いに本物であることを確認しあう。ほんの数秒しか経って いないというのに、ロングビルの顔はすでに涙でぐっしょりと濡れていた。 「本当に、本物のマチルダ姉さんなのね。いったい、どうやってここまで来たの?」 「まあいろいろあってね。話せば長くなるけど、みんなで助けにきたんだよ」 ティファニアはロングビルの肩越しに、才人とルイズの顔を見つけて表情を輝かせた。 「サイト、ルイズさんも、あなたたちも来てくれたんですね!」 「ああ、もちろんさ。用があって今はいないけど、キュルケとタバサも来てたぜ」 「ウェストウッドの子供たちも無事よ。今はトリステインで預かってもらってて、元気で待ってるわ」 子供たちの安否が知れたことで、ティファニアに心からの安堵の笑みが浮かんだ。こんな状況にあっても、一番に子供たちの ことを考え続けているとは、やはりティファニアは優しいなと才人は思う。それに、一番ティファニアの心配をしていたはずの ロングビルも、外聞など眼中になく彼女の無事を確かめていた。 「ともかくテファ、怪我とかしてない? なにもされてない?」 「うん。大丈夫、ここではなにも不自由しない暮らしができてたから元気よ」 「でも、ひとりで寂しかったでしょ。いじめられたりしてない?」 「平気、最初は一人だったけど、ここでもお友達ができたから」 そう言ってティファニアが手を数回叩くと、池の中から小さなトカゲのような生き物が顔を出した。だがそれは、水面から地上に あがってきたとたんに子馬ほどの大きさの、カメレオンに似た生き物に変わって皆を驚かせた。 「うわっ! な、なんだいこいつは!?」 「やめてマチルダ姉さん! この子は暴れたりしないから」 驚いてナイフを取り出したロングビルを、ティファニアは慌てて止めた。確かにその生き物は暴れるでもなく、むしろぼぉっとした 様子でティファニアの後ろで四つんばいで止まっている。しかしルクシャナは珍しい生き物ねと興味深げに眺めているが、 カエルが苦手なルイズは、爬虫類系の容姿をしているそれにおびえて才人の後ろに隠れてしまって、エレオノールも気味悪がっている。 ただ、才人は常時肌身離さないGUYSメモリーディスプレイを取り出して、その生き物の正体を探っていた。 「アウト・オブ・ドキュメントに記録が一件。やっぱり、深海怪獣ピーターの仲間か」 エレオノールとかに見つかると後々うるさいので、スイッチを切ってさっさとしまった才人はルイズにこいつは危険はないと告げた。 深海怪獣ピーター……正確には怪獣ではなく、学名をアリゲトータスという太平洋の深海に生息する普通の生物である。 水陸両性で、性質はおとなしく、他者に危害を加えるようなことはない。だが、本来の体調はわずか二十センチくらいと普通の トカゲ程度の大きさしかないのだが、体内にある特殊なリンパ液の作用によって、周辺の温度変化に反応して一瞬にして 大きさを変える能力を持っているのだ。 まれに漁師や釣り人に釣り上げられることがあり、現在はそのまま海中に帰すことが義務付けられている。凶暴性は ないのだが、あまりに高熱にさらされると最大体長三十メートルにも巨大化してしまうことがあり、過去にペットとされて いたものが、山火事の影響で巨大化してしまった例が重く見られているのだ。 才人はピーターの下あごあたりを軽くなでてみた。すると、気持ちよがっているのかは不明だが、喉を鳴らすように鳴いたので 才人はおかしそうに笑った。 「これがテファの新しい友達か。ふーん、よく見るとけっこうかわいい顔してるじゃん」 「サ、サイトよしなさいよ。噛み付かれるわよ」 「だいじょぶだって。ティファニアのお墨付きだよ。それに、おれもこれを見るのははじめてなんでな。興味あるんだ」 実は才人もピーター……アリゲトータスのことはよく知らないのだ。その性質ゆえに、動物園でもこれを飼うことは厳禁で、 一般人が実物を見ることはほとんどない。しかし、普通海中深くにいるはずのこいつがなんでこんなところに? 首をかしげると、 池の水が底からとめどなく湧き出ているのが見えて、はたと思いついた。 「そっか、地下の水脈がどこかで海までつながってるのか。それで、迷い込んだこいつがここまで来たってことか」 知ってしまえばたいしたことではなかった。砂漠は表面は乾燥しきっていても、その地下には地底の海ともいうべき巨大な 水源を抱えている。それが場所によっては地上に吹き出してオアシスとなり、砂漠に生きる人々の生命の源となっている。 もしこれがなければ、いくらエルフとて砂漠に住むことは不可能だっただろう。 しかし、ひとときピーターをなでる平穏な時間が流れたのも、危険の中のほんのわずかな休息時間にしか過ぎない。 そのことを、ティファニアと会えて喜びに沸いていた彼らは忘れていた。 「お前たち、そこでなにをしている」 突然響いてきた、高く、澄んだ男性の声が一行に現状を思い出させた。一部をのぞいていっせいに身構える。 しくじった。ティファニアを見つけた時点でさっさと連れて逃げればよかったと思っても、後の祭りは変えられない。 いや、仮にそんなことをしていたとしても、すぐに捕まって同じことだっただろう。姑息な手など通じないだけの、穏やかな 声色の中に隠された巨大な威圧感を感じて、才人は無意識に乾いた唇をなめた。 対して、相手……近づいてくるにつれてエルフだとわかった男は、まるで戦うそぶりなど見せずに無防備に歩いてくる。 が、彼……ビダーシャルは、ティファニアを囲んでいる人間たちの中に見知った顔を見つけると、深くため息をついた。 「私はエルフのビダーシャル。招かざる客たちよ。お前たちに告ぐ……と、言おうと思ったのだが、ルクシャナ……お前の仕業か。 これはどういうことか説明してもらおうか?」 「あら、説明させてくださるんですの? そりゃあもう、私も蛮人世界でけっこう苦労したんですよ。何度か命の危機にも会いましたし、 でもそのおかげで、ラッキーな発見もありましたの」 厳しい口調で問いかけてくるビダーシャルにも、少しも悪びれた様子もなくルクシャナはこれまでのことをこまごまと説明した。 やはり、虚無の担い手を薬にかけるのは絶対反対で、しょうがないので力づくでやめさせようと思った。でも自分だけでは どうしようもないので、たまたま彼女の知り合いを見つけたのでけしかけたと平然と言う。これは弁明というよりも、自慢の論文を 壇上で聴衆に発表しているに近い。そのふてぶてしさを超えた不遜さに、才人たちさえ呆れたが、当然ビダーシャルは怒った。 「ルクシャナ! 研究熱心なのはけっこうだが、度を超して人に迷惑をかけるなと言ってあるだろう。第一、蛮人の戦士を幾人か 連れてきたところで、私に勝てると思っているのか?」 「ええ、ですから悪魔の末裔を連れてきたんですの」 「なに?」 ビダーシャルの顔から怒りが消えて、困惑の色が浮かんだ。そしてルクシャナはルイズに対して、「出番よ」とでもいう風にうながす。 ルイズはルクシャナの一歩前まで歩み出し、貴族の流儀を守った礼をして名乗った。 「わたしはトリステイン王国の貴族、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。エルフの国の使者、 ビダーシャル卿、あなた方の探している虚無の担い手の一人は、このわたしです」 毅然と名乗りきったルイズには、エルフに対しての恐れはない。覚悟ならとっくにすませていたし、なによりも後ろに才人が いて守ってくれているという安心感が、強く彼女を支えていた。 一方のビダーシャルは、さすがに一瞬動揺した様子を見せたが、すぐさま鋭い目つきに戻るとルイズに問いかけた。 「お前が、悪魔の力の担い手だと?」 「ええ、始祖ブリミルが残した失われた系統……わたしもつい先日まで幻だと思っていましたが、始祖の残した秘宝のひとつ、 始祖の祈祷書がわたしにすべてを教えてくれました」 ルイズはビダーシャルの問いに、明白に、堂々と答えた。それはルイズの中に眠る血の力か、それともルイズ自身が持つ強い 意思のなせる業か。このときだけは、人並みより小柄なルイズが長身のビダーシャルを見下ろしているような錯覚を才人たちは感じた。 「信じる信じないはあなたの自由です。ですが、ひとつだけ誓って、わたしたちはあなたと戦いに来たわけではありません。 わたしたちは理不尽にさらわれた友を救うためだけに来たんです。願わくば、話し合いに応じられたく思います」 ビダーシャルは瞑目した。即答を避けたのは、ルイズの言葉を否定したからではなく、事の唐突さと重大さが彼の判断力の 処理限界をすら軽く上回っていたからだ。ティファニアなどは、「えっえっ? ルイズさんが、えっ?」と、困惑しきって、「ごめん テファ、話はあとでするから」と、才人になだめられている。彼はそれよりははるかにましなほうではあったけれど、それでも 彼自身が一番論理的かと認めえる答えをはじき出すまでには数秒をようした。 「いいだろう。ルクシャナが連れてきたのだ、ただの蛮人ではあるまい。我々エルフも戦いは好まない。話を聞こう」 「感謝します」 ビダーシャルが紳士的な対応を見せたことで、ルイズたちも肩の力を半分は抜くことができた。一応の覚悟はしてきて あったとはいっても、やはりエルフといきなり戦わずにすんだというのはほっとする。だがその喜びにも、すぐに冷水がかけられた。 「ただし、まず断っておくが、私はシャイターンの末裔を逃がすつもりはない。お前も、悪魔の力を宿しているというのであれば 同じだ。この城から帰すわけにはいかない」 冷たい目で断言したビダーシャルに、才人はデルフリンガーを向け、ロングビルはナイフを取り出す。しかし彼らの前に、 意外にもエレオノールが立ちはだかった。 「やめておきなさいよ。まともに戦ったところでどうせ勝ち目なんかないし、せっかく向こうがまずは話を聞こうって言って るんだから、ぶち壊しにしないでよ」 「でも、この野郎はおれたちを帰さないって言ってるんだぜ!?」 「それはまた後で考えましょう。どのみち、最初からそうなることは覚悟のうえだったんだし。それよりも、人間とエルフ、どっちが 野蛮な生き物なんだかあんたたちが証明してみる?」 その一言が、今にも攻撃をかけようとしていた二人の気持ちを落ち着かせた。 様子を見ていたルクシャナも、いきなり戦闘に突入しなかったことでほっとした様子を見せている。 「ま、結論がどうなるにせよ、議論を尽くすのは無駄じゃないからね。さすが先輩、うまくまとめてくれました」 目配せしあった二人には同じ目論見があった。すなわち、ルイズとビダーシャルに会話させることで、謎のベールに覆い 隠されている虚無の実情を探ることである。なにしろ六千年も前のことであるので、人間とエルフのどちらにも断片的な 記録しか残っていない。ルイズたちはすでにルクシャナから、聞けることは根掘り葉掘り聞き出しているものの、虚無に関しては エルフの間でも重要な機密らしく、ルクシャナもほとんど知らなかった。そのためにビダーシャルとどうしても話す必要があったのだ。 そうして、まずルイズは前置きとして、ルクシャナからなぜビダーシャルたちがこの地にやってきたのかなどは聞いていると告げた。 「あなた方の土地でも、すでに怪獣の出現や、異常な現象が起こっているそうですね」 「そうだ、それを確かめ、変調をきたしているこの地の精霊を鎮める。そうしてサハラへの影響を事前に食い止めるのが一つ目の 任務。もうひとつが、お前たちシャイターンの末裔が揃うのを阻止することにある」 ここまではお互いに確認のようなものだった。本題は、ここからである。 「そのシャイターン……あなた方は悪魔と呼ぶ虚無の力、かつて大厄災とやらをもたらしたそうですが、それはいったいなんだったのですか?」 ルイズの質問に、ビダーシャルはジョゼフやティファニアに語ったとおりのことを説明した。エルフの半数が死滅したというほどの 恐るべき大災厄……ただし、その実情はビダーシャルすら知らないということが、少なからずエレオノールたちを落胆させた。 「お前たちの期待に添えなくてすまないな。だが、それではこちらからも質問させてもらおうか。お前が、本当にシャイターンの 末裔というのならば、悪魔の力に目覚めたいきさつを聞かせてくれ」 「ええ、数週間前のことよ……」 了承したルイズは、ビダーシャルにはじめて虚無の魔法を使ったあの日のことを話した。怪獣ゾンバイユの襲来、始祖の 祈祷書と風のルビーの共鳴、現れた古代文字、そこから発現した魔法『エクスプロージョン』の威力など。そして、自分が虚無に 目覚めたその事件が、すべてガリア王ジョゼフが虚無の担い手を探し出すために起こした事実も、包み隠さず語った。 「なんだと!? あの男が、自ら悪魔の力を……」 この事実はビダーシャルにとってもショックに違いなかった。嘘でない証拠に、トリステインで起きたことはすべて事実だと ルクシャナも証言している。彼としては、虚無の発現を防ぐために、わざわざ大きなリスクを背負って交渉を成立させた男が、 陰では虚無の目覚めを早めていたと知って穏やかでいられるはずもない。 が、ルイズたちとしては、まだビダーシャルに聞きたいことはある。その機を逃してはならないと、ルイズは矢継ぎ早に質問をぶつけた。 「もうひとつ聞きたいことがあります。ジョゼフは、わたしを虚無と見極めるときと、ウェストウッド村でティファニアをさらうときの どちらも怪獣を囮として使いました。人間が怪獣を使うなんて、普通じゃ絶対不可能なのに、ジョゼフはいったいどうやって怪獣を 使役する術を手に入れたかご存知ですか?」 「いや……それも初耳だ。しかし、奴には奇怪な様相の側近が何人か存在していた。なかでも、一人は明らかに人間ではない、 感じたこともない不気味な気配を放っていたのを覚えている」 「一人は間違いなくシェフィールドね。つまり、ジョゼフが怪獣を操っているんじゃなくて、ジョゼフの側近の何者かが怪獣を操る 方法を持っているということになるわけね」 ルイズは才人と目を合わせて意見を交換した。その、明らかに人間ではないというやつ。確証はないけれど、人間の能力を はるかに超えた相手、宇宙人だと考えれば可能性は高い。しかし、エルフに加えて宇宙人まで配下に加えているとすれば、 ジョゼフとはいったい何者であるのか? その疑問に、ビダーシャルは苦々しく答えた。 「わからぬ。私が言うのもなんだが、ジョゼフ……あの男は蛮人の中でも別格といっていい。やつなら、なにをしでかしたとしても、 私は驚きこそしても疑問には思わないだろう」 「無能王と呼ばれている。そんな男が、ですか?」 「無能王か……それは相当な偏見と誤解の産物だな。やつの頭の中身は、私からしても底が見えない。それは状況証拠だけを 見ても、お前たちにも充分わかるはずだが?」 「ええ……」 言われなくとも、それは十分に承知している。これまでのシェフィールドの手口の大掛かりさと合わせた狡猾さ、それをまったく 外部に知られずにおこなうなど凡人のなせる業ではない。 「我も当初は蛮人どもの評を参考に、やつに接触を試みた。しかしそれが大変な誤りだと気づいたときには遅かった。こちらの 弱みに付け込んで、あらかじめ用意していた交換条件の何倍もを提供させられるはめになってしまったのだ」 「まあ叔父様、そこまでなめられておいでなのに、よく生真面目に家来をやっていられるわね」 ルクシャナが呆れたように言うと、ビダーシャルはやや疲れた笑みをこぼした。だが、それはあくまで表面的なものだ。 ビダーシャルはジョゼフに対して知性以外の脅威を感じていたことを語った。 「確かにな。私もそう思う……が、どうにも抗えぬ妙な迫力を持った男でな。ともかく、直接会った者でなければ、奴の魔物じみた 得体の知れなさはわかるまい」 ティファニアを預けてきたときも、今思えば疑ってしかりだったとビダーシャルは思うが、そうはできなかっただろうなとも思うのだ。 確かに虚無について調べてくれと頼みはしたけれど、その本人を見つけてくるとは想像していなかった。いったいどうやって 見つけてきたのかと尋ねても、ジョゼフはロマリアの研究資料を拝借してなどと適当にはぐらかしてしまった。本当なら、もっと 食い下がって疑うべきだったのに。 「叔父様、もうこの際ジョゼフとは縁を切ったほうがいいんじゃありませんの?」 「しかし、そうすると我らがこの地に干渉する糸口を失ってしまう。それはできない」 危険な匂いを感じ取ったルクシャナが警告しても、使命を重んじるビダーシャルは受け入れようとはしなかった。しかし、 ルクシャナはやれやれと呆れたしぐさを大仰にとり、あらためて叔父に忠告した。 「叔父様、それでしたらもうこの場でほとんど解決できるんじゃありませんの? ここにはこのとおり、悪魔の末裔が二人も いるんですよ。私たちが恐れているのは揃った悪魔の力がシャイターンの門に到達することでしょう。そのうち半分をこっちに 取り込めば安心なんじゃありませんか?」 「なっ!?」 ルクシャナの言葉は乱暴ながら確信をついていた。人間よりはるかに強大な武力を誇るエルフにとって、警戒すべきは虚無の 力ただひとつと極論してしまってもいい。ただの人間の軍勢が攻め込んできても、撃退することが可能なのはこれまでの歴史が証明している。 だが、そのためには彼らが悪魔と呼ぶものたちと正面から向かい合わねばならない。ルイズは、今こそビダーシャルに自身の本心を伝えた。 「ビダーシャル卿。わたしや、このティファニアはエルフの世界に攻め込もうなどとは微塵も思ってはおりません。伝説がどうあれ、 それがわたしの意志です。それに、もしも残りの二人の虚無の担い手が悪意を抱くようであれば、わたしたちが全力をもって 阻止します。ですから、どうかわたしたちを信じて彼女を返してはくれないでしょうか」 ルイズの言葉には、うそ偽りのない熱意のみが込められていた。これで、なおルイズを疑うとすれば、それは人間の良心を 最初から信じていないものだけだろう。ビダーシャルは直立姿勢のまま瞑目し……やがて、ゆっくりと目を開いてルイズを見た。 「残念だが、それはできない。今はその気がなくとも、人間というものは心変わりするものだ。未来の危険を放置するわけにはいかない」 「くっ……未来の危険などを問題にするのであれば、それこそきりがないではないですか! 虚無といってもしょせん人が使う力、 六千年前と同じ結果が出るとは限らないではないですか」 「そんな危険な賭けに一族をさらすことはできない。我らにとって、シャイターンの門を守るということは、もはや伝統という 生易しいものではなく、”義務”なのだ」 かたくななビダーシャルの態度に、ルイズはこのわからずやめと顔をしかめさせた。ここまで話ができて、ジョゼフへの信頼が 薄らいでいる今なら説得できるのではないかという淡い期待は裏切られた。ルクシャナの言ったとおり、これはまた大変な 頑固者らしい。使命感が強すぎて、まったくとりつくしまがない。 「ミス・ヴァリエール、残念だけど交渉は決裂のようね。こうなったら、もう力にうったえるしかないわ」 ロングビルが落胆するルイズを慰め、戦うようにと促す。見ると才人も戦闘態勢に入っており、ビダーシャルも迎え撃つ気配を示している。 「来るがいい、悪魔の末裔よ。お前が完全に力に目覚める前に、ここで食い止める」 戦うしかないのか……ティファニアを救い、ここから皆で帰るにはもうそれしかないのか。 だが、杖を握りながらもルイズは納得できなかった。以前、始祖の祈祷書が見せてくれたビジョンの中では、人間とエルフは ともに手を携えていた。なのに、その子孫である自分たちは血を流そうとしている。これでいいはずはない。なにか、なにかまだ 方法はないのか? ビダーシャルを納得させ、無益な戦いを避ける方法が! そのときだった。ルイズの指にはめられた水のルビーが輝きだし、同時にルイズが肌身離さず持ち歩いている始祖の祈祷書が光を発しだしたのだ。 「こ、これはいったい!?」 突如あふれ出した神秘的な光に、才人だけでなく、エレオノールやロングビルも目を覆って立ち尽くす。 ビダーシャルとルクシャナも、目が見えなくては精霊に命ずることはできず、ティファニアもわけもわからずうずくまる。 その中で、ルイズだけは妙に落ち着いた様子で祈祷書を開いていた。 「始祖ブリミル……そう、あなたもこんな戦いは望んでいないんですね」 祈祷書を自分の体の一部であるように開き、ルイズは物言わぬ本に残されたブリミルの声を聞いていた。 これまで、どんなに新しいページを開こうとしても応えることのなかった祈祷書が応えた。まるで、ルイズが真に必要とする ときまでじっと待っていたように……ルイズが心から欲しているものを与えようとするように。 虚無の魔法……『記録(リコード)』……それを使って始祖の祈祷書に残されたブリミルの記憶を皆に伝えるのだ! 「お願い、始祖の祈祷書! わたしたちをもう一度、あの時代に連れて行って!」 光が爆発し、人間もエルフも関係なくすべてを飲み込む。 そして、光が消え去って祈祷書がただの古ぼけた本に戻ったとき、ルイズの望んだすべては終わっていた。 「まさか……あれが、六千年前のハルケギニア……」 力を失い、芝生の上にへたり込んだエレオノールの声が短く流れた。ルイズの声に応えた始祖の祈祷書は、以前二人に 見せた六千年前のビジョンを、この場にいた全員の脳に叩き込んだのだった。 想像を絶する、破滅と殺戮の戦争の歴史……かろうじて立っているのはルイズと才人だけだ。ロングビルやティファニアも、 白昼夢を見ていたように呆然としている。 だが、もっとも衝撃が大きかったのはエルフの二人であった。これまで漠然とした伝承でしか知ることのできなかった、 大厄災の光景。それを直接目の当たりにしたこと、そしてなによりも、エルフのあいだでは悪魔として伝えられているブリミルが、 エルフとともに戦っていたということが、彼らの信じてきた"常識"に大きな揺さぶりをかけたのだ。 「あれが……大厄災」 いつも人をバカにしたような態度をとっているルクシャナも、許容量を超える衝撃に腰を抜かしていた。人間とエルフの 小競り合いなど比較にもならない、全世界規模の最終戦争。かつてエルフの半分を死滅させたという伝承をすら超える、 世界を焼き尽くした大戦。そして、その戦火の中を戦い続けたブリミルと、その仲間たち。 やがて、ショックからいち早く立ち直ったルクシャナは、隠し切れない興奮とともにビダーシャルに詰め寄った。 「叔父様、見ましたよね! あれ、あれって!」 「あ、ああ……」 「あれが悪魔、シャイターン本人なんですね! それに、いっしょにいたあのエルフ、光る左手を持ってましたよね! もしかして あれが大厄災のときに私たちを救ったという、聖者アヌビスなのでは!? もしそうなら、学会がひっくり返るほどの大発見になりますよ!」 好奇心の塊のようなルクシャナにとっては、たとえ自分の常識を根本から打ち砕くような出来事でも喜びの対象となるようであった。 しかし、ひたすら愚直にエルフとして生きてきたビダーシャルにとっては、それは受け入れるにはあまりにも異質で大きすぎた。 あのビジョンの歴史が真実であるならば、エルフと人間という、過去幾たびとなく争い続けてきた二つの種族のいがみ合う理由はなくなる。 そのとき、迷うビダーシャルにルイズが呼びかけた。 「ビダーシャル卿、信じられない気持ちはわかります。わたしもはじめ見たときはそうでした。でも、人間とエルフは手を 取り合うこともできていたんです。それだけじゃありません。翼人に、獣人、今は他の種族と交流を絶っている多くの種族が 共に生きることができていたことがあったんです。過去にできていたことが、今はできないなんてことはないはずです。その 可能性を信じてくれませんか?」 「しかし……あの映像が真実であったという証拠はない」 「いえ、あなたほどの使い手なら、あれが作り物であるのか違うのかわかるはずです」 断言するルイズにビダーシャルは口ごもった。自然と口をついて出てしまった否定の言葉だったが、ビジョンはぬぐいきれない 現実感を彼に突きつけていた。あの質感や熱は幻覚で再現できるものではない。ならば、やはり…… 「残念だが、認めざるを得ないようだな。あの光景は太古の現実……そして、お前が悪魔の末裔であることも」 「あなたがわたしをどう呼ぼうと自由です。でも、悪魔だろうと心はあります。意志はあります。何度でも言います。わたしたちは 誰一人としてあなたと、エルフと争うつもりはありません。だから、ティファニアを返してください。お願いします!」 ぐっとルイズは小さな頭を体の半分まで下げた。その姿に、エレオノールはあのプライドの高いルイズがエルフに頭を 下げるなどと驚き、ビダーシャルも、ここまでの魔法を見せながらなお戦おうとしないルイズに心を揺さぶられた。だがそれでも、 ビダーシャルの答えは苦渋に満ちながらも変わらなかった。 「……何度言われようと、私の答えは変わらない。シャイターンの復活を……」 「いいかげんにしなさいよ!」 ビダーシャルの言葉が終わらないうちに、猛烈な怒声でそれをさえぎったのはエレオノールだった。彼女はとまどうルイズを 押しのけると、ビダーシャルを指差して怒鳴った。 「さっきから黙って聞いてたらなんなのよあなたは! これだけの証拠を突きつけられて、あまつさえ自分の半分も生きて ないような子供に頭を下げさせておきながらその態度。あんたのその澄んだ目や長い耳は飾りなの? あんたは自分の目で 見て、自分の耳で聞いたことすら信じられないわけ!?」 「貴様になにがわかるというのだ! 過去いくたびの蛮人との戦乱で同胞を失ってきたのは我らも同じだ。シャイターンの門を 守るために散っていった大勢の先人たちの意志を、私が裏切るわけにはいかぬ」 ビダーシャルは、譲れないものがあるのはお前たちだけではないとはじめて怒鳴り返した。 しかしエレオノールは、そんな彼を見据えるとはっきりと言い放った。 「違うわ。あなたはただ、楽な道を選ぼうとしているだけよ」 「なに……っ!?」 「先祖から代々受け継いできたしきたり。そりゃ確かに大事でしょうよ。でもね、”従う”なんてこと誰にだってできるのよ。 自分じゃなにも考える必要はないからね。本当に難しいのは、自分で考えて決めるってこと。それが”生きる”ってことじゃないの?」 エレオノールは心の中で、ほんの少し前までは私もあんたと同じだったんだけどねとつぶやいた。ヴァリエールと ツェルプストー、対立して当たり前だとずっと思っていた自分の中の常識に、正面きってひびを入れてくれた妹と、生意気な 赤毛の小娘がいなければ。 彼女は整った顔をゆがめて立ち尽くしているビダーシャルに、最後の一言をたたきつけた。 「ここにいる者は、誰一人として強制されてきた者はいないわ。皆、自分の意志でここに立ってる。虚無だとか世界だとか 関係なく、この子たちは友達を助けるために、私は妹を守るために覚悟を決めてね。なのに、その相手がこんな優柔不断男 だとはがっかりだわ」 過去何十人もの婚約者候補の男の心をへし折ってきたエレオノールの暴言が、容赦なくビダーシャルの心に突き刺さった。 ルイズはもう一度争うつもりはないと告げ、才人もルイズの心意気に打たれてティファニアを帰してくれと頼む。 使命と、歴史の真実のはざまでビダーシャルは迷った。一族の義務を守るか、それともあくまで戦うつもりはないとする 目の前の少女を信じるか。そのとき、葛藤する彼にルクシャナが言った。 「叔父さま、結論を容易に出せるものではないのはわかります。でしたら、私が彼らのそばについて常時監視するということで どうでしょうか? もし、彼らが私たちに害あるものでなければそれでよし。もし不穏な行動があれば即伝えますし、私が 害されればそれでもう結論となるでしょう。どうです?」 「いや、しかしそれでは君が」 「研究のためにこの身が滅ぶなら、むしろ本望ですわ。それに、どっちみちジョゼフとは手を切るんでしょ。こっちのほうが手が かからなくて確実ですって」 それで使命にもある程度報いることもできるでしょうと、言外にルクシャナは言っていた。確かに……妥協案としてはかなり 乱暴ではあるけれど、ビダーシャルとて虚無の担い手相手に確実に勝てるという自信があるわけではない。なにより、人の 心を薬で奪うということに、彼の良心も痛んでいた。 迷った末、彼はついに決断した。 「わかった。ルクシャナ、君にまかせよう」 その瞬間、緊迫感に包まれていた場が、一転して歓喜の渦に変化した。 「やった! テファ、これで帰れるぜ」 「サイトさん……よかった。誰も傷つかないで、本当によかった……あ」 「ちょ、テファ! しっかりして」 安堵して倒れ掛かるティファニアを、才人とルイズが支えた。 「信じられない。ほんとに、エルフと和解できるなんて」 ロングビルも、最悪のときには刺し違えてもティファニアを逃がそうと覚悟していただけに、気が抜けてどっと疲れがきた。 が、誰よりも解放された思いを味わっていたのはビダーシャルであった。悪魔の末裔を相手にしていたつもりだったのに、 その相手は目の前で、今は小さな子供のようにはしゃいでいる。あれが本当に悪魔なのか? むしろ悪魔なのは…… 物思いにふけるビダーシャル、そこへいつの間にやってきたのかルイズが現れて言った。 「ありがとうございます。ビダーシャル卿」 「礼を言われる筋はない。それに、勘違いするな。我らとお前たちが敵であることに変わりはない」 「でも、人間の世界にはこんな言葉もありますよ。昨日の敵は今日の友って」 なにげなく、ルイズは右手を差し出した。ビダーシャルは一瞬意味をはかりかねたが、すぐにルイズがなにを求めているのかを悟った。 もしも、これが成立したらエルフと人間の両方にとって浅からぬ意味を持つ出来事となるだろう。彼はその引き金を自らの意思で 引くべきかを考えた。 だが、そのとき。 「見たぞ、裏切りものめ」 突如、不気味な声がして一行はいっせいに振り返った。そこには、全身を黒いローブで包んだ男が立っていて、その姿を 見たビダーシャルは忌々しげに言った。 「貴様は、あの女がよこしてきた使用人の……ただの使用人ではないと思っていたが、やはり監視だったか」 「ふふふ……協定は破棄なのだろう。ならば、この城から全員生きて帰すわけにはいかぬ。覚悟するがいい、もはやこの城は 私の体の一部も同然だ。見よ! そして今度こそ、サヨナラ・人類……」 男はローブを脱ぎ捨て、不気味な怪人の正体を現す。その瞬間、アーハンブラ城全体が激しく揺れ動きだし、地下から 巨大な柱のような物体が無数に空を目指して生え出した。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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戻る マジシャン ザ ルイズ 進む マジシャン ザ ルイズ 3章 (34)ガリアの地下牢 ほぼ毎日、眠りにつけば夢を見る。 繰り返し、繰り返し、同じ夢。 子供のような無邪気な顔をした、父の仇。 悪鬼のような形相で自分を人殺しと罵る、従姉妹。 二つの顔が闇の中で浮んでは消える。 そして叫ぶ、貴様は咎人、許されぬ罪人。 苦しめ苦しめ苦しめ苦しめ、終わりなき苦しみに喘げ大罪人。 死者と生者とがタバサを責め立て続ける。 償え償え償え償え、終わりなき償いに狂え大罪人。 正直、気が、狂いそうになる。 しかし一方では、それを冷静に受け入れる自分がいる。 だからこそ、タバサは思う…… 牽制のエア・ハンマーを前方に叩き付けるも手応えは無し。 けれどタバサは止まらず壁を蹴って、三角飛びに宙へと跳ねる。 そして杖を持たぬ右手を伸ばして、天井からロープで吊られていた照明器具を掴むと、ブランコの要領で一度、二度と反動をつけてから、前方へと飛んだ。 当然、その間に次なる呪文の詠唱に入ることも忘れはしない。 滞空一瞬、右手前方から響く、何かが砕かれる破砕音。 注意をそちらに向けると、タバサの着地点付近にあった椅子が、何かに巻き込まれるようにして、破片を撒き散らしながら粉砕されたところだった。 「ウインド・ブレイク……ッ!」 空気の槌を放ってから唱えておいた呪文を、着地寸前、そのタイミングで発動させる。 荒れ狂い吹き荒れる瀑風、解き放たれたのは、タバサの背後。 同じ年頃の娘よりも大分小柄なタバサの体が、背後から背を押す形で吹き付けた魔法の風に煽られて、小枝のように宙を舞う。 直後である、タバサが降り立つはずだったそこが、三つ傷に裂けたのは。 ここはガリアの国王が住まう居城『グラントロワ』 その奥まったところにある一部屋、何十人ものシェフが一同に集まって腕を振るうことを考えて設計された大きな厨房。 本来ならこの夜更け、静まりかえっているはずのそこで、タバサは例の『幽霊』と死闘を繰り広げていた。 銀色に鈍く光る料理台、何本もの瓶が置かれているその端に、タバサは膝を曲げて、両足揃えに着地する。 そしてそのまま勢いを殺しきれず、ぐるんと前方へ一回転。すぐさま膝のバネでもって立ち上がると、今度は前に向かって全速力で駆け出した。 タバサの走る料理台、その長さ十五メイル、だがその長さが果てしなく遠い、そして長い! 背後からは追跡者の音。 地面だけではなくテーブルの上、付け加えるなら鉄板の上であってもお構いなしである。 また口の中の呪文は結実していない、これでは牽制は間に合わない。 とっさ、先ほど転がった際に右手でくすねておいた小瓶を反射的に足元にたたきつける。 音を立てて瓶が砕け、中身の液体が飛び散った。 もどかしい、何もかもがもどかしい。 勢いを殺さず背後を振り返るのも、叩きつけた右手を懐にやるのも、懐から小ぶりのナイフ一つ取り出すのも、それを天井に向かって投げつけるのも、全部が全部、もどかしい。 しかし、焦れそうになる自分を制して達成した一連の行動は、果たしてぎりぎりの境界で間に合った。 タバサの頭上、高さ二メイルの位置で魔法によって照明用に小さく燃えていた石、ナイフはそれを盛っていた皿に狙い違わず命中した。 こぼれて落ちる青く燃える石、それがテーブルへと落ちた途端、 周囲が青く燃え上がった。 闇に慣れた目を目映いばかりの光に焼かれながら、タバサは間一髪で既にその場から飛び退いた。 そして右手で光を遮りながら、火中に目を凝らす。 そこでは、目に見えない何かが、火に巻かれて悶えていた。 「ウインディ・アイシクル!」 タバサは調理台の上から素早く飛び降りると、背筋が凍るような悪寒に襲われながらも、口中で唱えていた呪文を流れるようにして解き放った。 ウインディ・アイシクル。氷の矢。 それは風の系統を二つと水の系統を組み合わせることで発動する、彼女が得意とするスクウェア・スペル。 空気中の水蒸気を凍らせて、矢にして飛ばすという攻撃的な呪文である。 放たれる矢の数は術者の力量にも左右されるが、タバサの力を持ってすればその数は何十にも及ぶ。 それら氷矢の雨とも言うべき猛威が、燃えさかる炎に向かって猛然と放たれた。 振り下ろされた荒れ狂う巨獣の如き暴虐の力でもって、たちまち調理台は削られ、砕かれ、破壊される。 だがそれでも氷弾は勢いを止めない。 タバサは氷の矢によって『幽霊』が吹き飛ばされたと考えられた方角に向かって、続けざまに氷矢の打ちっ放しにする。 その手には、先ほどまでとは違う、確かな手応え。 確かにこの敵は姿が見えない、だが、攻撃が通じない訳ではないという確信。 自分の直感を信じて、タバサは精神の疲弊も省みず、続けざまに次の呪文の詠唱に入った。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」 このチャンスを、逃すわけにはいかない。 そして 「アイス・ジャベリン……」 掲げた杖の周囲には、巨大な氷の槍が四本発生していた。 「………ッ!」 一旦力を溜めるようにして杖を引くと、タバサは裂帛の気合いとともに杖を振り下ろし、氷槍を、全力でもってつるべ打ちにした。 カラガラと、調理場の壁の一角が崩れ落ちる。 無理もない。全力のアイス・ジャベリン四本、たとえ頑健なオーガであろうとも一本で十分なところを続けざまに四本。 そんなものを食らわせられたとあっては、いくら重たい煉瓦を積み上げられた壁であっても一溜まりもない。 ――仕留めた。 そう思った途端、緊張に強ばった体が弛緩した。 全力全開、精神力の疲労も考慮せずに放った連続攻撃。これで倒せないはずがない、そう考えてタバサは小さな胸をなで下ろす。 そして気がついた、膝がかすかに笑っていることに。 『幽霊』らしきもの。それと戦うことは、タバサが思っていた以上に、強いストレスを精神と肉体に与えていたようだった。 タバサはふらつく体を調理台のまだ無事の部分に手をついて支え、ついで近くにあった背のない円椅子に腰を下ろそうとした。 だが、油断は時に、大きな口を開けて罠という形で我々を襲う。 緊張を解いた耳に届いた、ジャリジャリという砂を噛んだような音。 忘れるはずもない、自分を狙う、狩猟者の音。 気がついたときにはもう遅い、死の爪はすぐそばまで近づいていた。 加えて体勢も事態の悪さを後押しする。タバサは、座ろうとして体勢を崩した今そのときを狙われていた。これでは重心を移動させようがない。 避け難い一撃が、身に迫る。 しかし、タバサとて死線を越えた数は、両手の指を足しても足らないほど。 そしてこのときも、彼女はギリギリで的確な選択を取っていた。 杖を、捨てる。 彼女は左手で握っていた魔法行使のための媒体である杖を、こともなげに放り投げたのである。 続けてその細い足に力を込めて、持ちうる全力でもって床を蹴った。 その力によって、腰が落ちると同時、バランスを崩して後ろへと倒れ込む椅子/タバサ。 これからしようとしていることに要求されるのは、腕の力、即ち腕力、それに脚力、バランス、タイミング。 タバサは杖を離して自由になった両手を、上体を反らして崩れつつある体勢のまま後ろ手に床に付けた。 そしてそのまま全身のバネを動員し、体を垂直方向、上に持っていく。 気持ちが良いほどに背筋をピンと伸ばした、美しい姿で両足を揃えて天へと伸ばす。 彼女の取った姿勢、つまりそれは倒立、逆立ちである。 学院の制服のまま、逆立ち。 そんなことをすれば、スカートの下に包まれた純白の三角形――つまりパンツだが――が露わになるのは自明の理。 ぺろんと垂れ下がったスカートから穢れを知らない清潔な白が惜しげもなく晒される。 裾のフリルと中央にあしらわれた小さなリボンがかわいらしいデザインの、どちらかというと子供っぽさが残る布面積が広いものである。 そしてそこからしなやかに伸びている両太ももは、細いながらも女性的な丸みを見る者に感じさせなくもない。 あるいは、そういった体の固さと柔らかさ、そのアンバランスさが未成熟な魅力そのものであろう。 無論、彼女とて好きでこんな姿を晒した訳ではない。 それは直後に、倒立した彼女の頭部、十サント弱の距離を爪痕が引き裂いて行ったことからも明白である。 十サント弱、こう表現すると離れた距離のように感じる。 しかし、目前に死が駆け抜けていく距離としては、あまりに近い、あまりに危うい。 またその距離は、これまでの戦いの縮図のようでもある。 タバサはこれまで、何度もこういった極小の差で攻撃をやり過ごしている。 それはもう、タバサの側にちょっとしたミス、ちょっとした想定外が起これば、致命傷を避けきれなくなるということの示唆でもあった。 曲芸的回避を成功させると同時に、タバサはすぐさまその場に体を丸めて足を床につけると、直立の姿勢に戻る。 だが、その頃には爪痕は既に角度を変えてタバサの方へと引き返してきているのが見えた。 その動きは先ほどまでに比べれば多少敏捷性に陰りが見られる。しかしそれでも人間が見てから避けるにはギリギリの早さである。 目線をそらして、先ほど自分が投げ捨てた杖を追う。 凡そ三メイル先の床の上、様々なものや破片が散らばっている中に、それはあった。 思ったよりも力が入ってしまったのか、杖はタバサが考えていた以上に遠くに転がってしまっている。 しかも咄嗟の判断だったとはいえ、投げ捨てる方向が悪かった。 もしも杖を取りに向かったならば、確実にその前に『爪』と接触することになる。そういう位置関係だった。 正直、今の状態でまた先ほどのようなことを繰り返すのは、タバサとしても御免こうむりたいところである。 杖、それは魔法の媒体、貴族の証、魔法使いにとっての生命線。 だが今は諦めるしかない。何よりも自分の命を優先させなければならない。 タバサは、生き残るためには今何をしなければならないかを考える。 まずしなければならないこと、それはこの窮地からの脱出。 広い調理場、それでいて出入り口は一つ。 ここは確かに誘い込んで戦うには悪くない環境である。回避して逃げ回るだけの空間も確保しつつ、見えない敵の逃亡を許さない。 しかし、逆にして考えれば、その利点は敵にしても同じこと。 一つしかない出入り口とタバサの位置関係は、今は『爪』を挟んで向こう側になってしまっている。 これではやはり敵との接触なくして、外へと脱出することはできない。 追い詰めたつもりが追い詰められていた、笑えない話である。 ガラガラ と、何かが崩れる音がした。 タバサは反射的にそちらに一瞥をくれる。 戦闘中、しかも危機的状況、普段ならばそんな時に一瞬とはいえよそ見をするタバサではない。 しかしこの時は連続する危機的状況や不利な環境に動揺していたのかもしれない。 だが、そのことが、今回に限っては彼女に活路を見いださせた。 「……――ッ!」 音、それは先ほどタバサの魔法によって崩れた壁が、更なる崩壊を引き起こした音だった。 けれど、重要なのは音ではない、その背後に見えたものだった。 分厚い壁の向こうにあったもの、それは空洞であった。 空洞、しかも穴の左右にもその空洞は続いているようだった。 ―――隠し通路 その虚ろの正体に思い当たった瞬間、タバサは駆けだしていた。 王宮の隠し通路。 そんなものは所詮、噂好きの口に上る与太話に過ぎないと思っていた。 事実、タバサが以前手に入れた王宮の見取り図には、そんなものは記載されていなかった。 だが―― 「………本当に、あった」 ガリア王国の王宮、グラントロワに限っては本当だったようだ。 しかも、おざなりな作りの非常時の避難経路などというものではない、かなりしっかりした作りの通路である。 高さ二メイル、幅一メイル五十の煉瓦造り、それが時には登り、時には下り、延々と続いている。 流石に明かりまでは灯されていなかったが、タバサが手に持ったタクト型の小さな杖の先には魔法の明かりが灯されており、周囲を確認できる程度の光量を確保していた。 杖が使えなくなったときのための応急処置、予備の杖である。 高度な駆け引きや集中力が必要な戦闘時に使用するのは全く持って自殺行為だが、こうして戦いの外で使う分には支障はない。 幸い、この通路に入ってから『幽霊』はその姿を見せていない。(元々見える訳でもないのだが) 呪文による攻撃で手傷を負わせることに成功していたのか、それとも別の理由があるのか。 どちらにせよ、行き先も分からない、今どこを歩いているかも分からない、そんな状況でも『幽霊』に追い回されるよりはずっと良い、タバサはそう思うことにしていた。 これまでのこと、これからのこと、考えをまとめながら歩いていたタバサが、足を止めた。 前方にあるのは石作りの壁、つまり、この道はそこで行き止まりなのであった。 それまで長々と続いてきた道が、そこで突然に途切れいているのである。 タバサは訝しみ、手に持っていた発光する杖を壁行き止まりに近づけて、その表面を手でなぞりながら観察した。 そしてさわり続けて暫く、ある一カ所で、かすかな窪みを感じ取った。 まるですり減ったかのように、うっすらとくぼんでいる一角。 その付近に光を当てて観察してみると、その周囲に小さな隙間があることを発見した。 いや、これは割れ目ではない、何かの仕掛けを動作させるスイッチである。 タバサが全体重をかけて窪みの部分を押すと、行き止まりだと思っていた石壁が、重たい音を立てながら左へとスライドしていった。 そしてその先には、深淵へと降りていく階段が、誘うようにその口を開いていた。 一見して奈落へと続いていくかのように思えた階段。 しかし実際に降りてみると、階段は螺旋状になっているだけで、ほんの数分下った程度で、その底をタバサに見せていた。 底にはまた石の扉。 しかし、先ほどのものとは様子が違う。石には鉄で引き手が取り付けられていた。 ここまで来た者には隠す必要もないということだろうか。 タバサは先ほど同様、体重をかけてその扉を横に引いた。 そうして苦労して扉を開いたタバサを迎えたのは、魔法による光だった。 最低限の光量、本を読むほどには十分ではない光、人間を生かすために最低限といった程度の光である。 次に異臭がタバサを出迎える。何かを腐らせたような、そして腐ったまま放置して、そこから更に風化するまで放っておいたような、そんな匂い。 流れ出した空気は、湿り気が一回りして水になってまた空気中に溶け込むことを繰り返しているような、濁り淀んだ粘つくもの。 ――カタコンブ。 のぞき込んで、最初にタバサが抱いた感想である。 ただし、そこは厳密には墓地ではない。 弱々しいが、決して先を見通せないほどではない魔法の光、照らし出されて見えるのは、左右にいくつも連なる鉄格子。 地下牢、それがこの場所の正体。 しかも、以前タバサが投獄された、正規の地下牢ではない。 城の見取り図にも記載されていない、一部の者しか存在を知らぬ秘密の地下牢。 公に出来ぬ者や永久に閉じ込めておかねばならぬ者、はたまた両方か、そこはそういった者たちを生かしておく為の場所であった。 十分ではない光を補うために杖を掲げ、小さな足音を立てながらタバサはその中を歩き始めた。 手前から順に左右の格子の中を確認していく。 ほとんどの牢は無人だったが、中には元々死体だったであろうものや遺留品が残されているものもある。 そう言う意味では、そこは正しく地下墓地でもあった。 そして、その音が聞こえたのは、八つほどの牢を確認し終わった頃であった。 「――、 ――、」 最初は聞き取れないほど小さな音だった。 だが、よく耳を澄ませば分かる。 それは人の息づかい。 「また来たか、……愚鈍なる女王よ。お前は無能にして恥知らずであったあの蒙昧なる父親と何ら変わらない」 声が響いたのは、タバサがそのことに気づいたのとほぼ同時であった。 「許さぬ……許さぬぞ。たとえ始祖がお許しになろうとも、この私はお前を絶対に許さぬぞ」 奥から響く、男の声。 その声色には怒り、絶望、失意、恨み、憎しみなどの負の感情がこれでもかと詰め込まれているようである。 「王座とは、貴様のような者が座って良い場所ではない……貴様の父は簒奪者であったが、貴様はそれよりなお劣る」 タバサはどんどんと、牢の奥へと進んでいく。 それに比例して、聞こえる声も、より一層はっきりとしたものになっていく。 どうやら声の主は、一番奥まったところに繋がれているようだった。 「真に王位に就かれるべきは……就かれるべきは、シャルロット様であった。それを、それを貴様が……っ!」 その名が告げられたのは、タバサが男の囚われた牢の前に来たときだった。 突如として飛び出した自分の名前に、タバサは顔色は変えずとも内心で驚いた。 だが、驚いたのは相手にしても同じこと。タバサの姿を見た男は、先ほどまでの剣幕はどこへやら、呆然とした顔つきでタバサを見つめた。 そして、わなわなと口を震わせ、絞り出すようにして声を漏らした。 「ま、まさか……」 投獄されてから、それなりに日が経っているのだろう。男の服は薄汚れ、髭は伸ばし放題になっていた。 けれど、その服や顔立ちには見覚えがある。 男が着ているのは制服、しかもガリア王室を守る騎士であることの証である花壇騎士の制服だった。 加えて、うっすらと記憶にあるその顔、タバサは確かに何度かその男を見ているはずだった。 「シャルロット様!? 貴女様はシャルロット様ではございませんか!? わたくしです、カステルモールです!」 「明けぬ夜など無い」彼女は私にそう言った。 ――――バッソ・カステルモール「氷の姉妹」 戻る マジシャン ザ ルイズ 進む
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星屑「メイジの実力を見るには使い魔を見ろだなんてよく言ったものよね、フフン」 Dio「ふーん、まあ私の使い魔には敵わないわね、黒髪の使い魔なんていかにも平民じゃないの」 パーティ「ななな何ですって!こっちは二人も召還したのよ!」 鉄「それはいいけど、どこの世界も使い魔自慢ばかりよね、まあ私の使い魔も接近戦じゃ無敵よね」 変帽「帽子帽子帽子帽子帽子帽子帽子帽子帽子帽子…ブツブツ…」 ファイト「あーあ、まともな人間なだけマシじゃない、私なんて…どこ行ったのよアイツ…」 奇妙「…ズルズル、グビッ パラッ」 兄貴「あ、ありのままに今起こったことを話すわ、目の前のルイズが四本の手で本のページを捲りながらジュースを飲みながらお菓子を摘んでるッ」 サブ「ギアッチョの仲間も召喚されてるのね…ちょっと安心したかな」 ヘビー「私の見せ場はこれからよ!」 マジシャン「使い魔の見せ場じゃない、私も人のこと言えないけど」 仮面「………使い魔いない」
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第二話 黒衣の悪魔 宇宙同化獣ガディバ 登場! ルイズと才人がウルトラマンAの力を得て、異次元人ヤプールの尖兵たる、ミサイル超獣ベロクロンを倒してから2日が過ぎた。 2人を含む魔法学院の関係者達は、平時には通常通り学業に専念するようにとの指示が出、破壊された街も、勝利に喜ぶ民達によって、急ピッチで復興されていっていた。 が、当の二人はといえば、ウルトラマンの宿命として正体を明かすわけにもいかずに、結局は『ゼロのルイズ』と『犬のサイト』の元の鞘に納まってしまっていた。 「はぁ、俺本当にウルトラマンになれたのかなあ?」 例によって水場で洗濯物の山と格闘しながら才人はぐちっていた。 彼としては、子供のころからTVや本のドキュメンタリーや記録映像で見た科学特捜隊やウルトラ警備隊の隊員達のように、颯爽と怪獣と戦うのにあこがれていただけに、相も変らぬ使い魔生活にいまいち実感が湧かないのである。 だが、地球を守ってきた歴代のウルトラマン達にも人間としての生活はあった。 才人と一体化しているAだって、北斗聖司と呼ばれていたころにはアパートに一人暮らししていたころもあったし、当然衣食住は自分で管理していた。 さらに中には血反吐を吐くような猛特訓をこなしたり、教師やボクサーを兼業したウルトラマンもいたが、さすがに才人にそれを求めるのは無茶であろう。 「いつも大変ですね才人さん」 振り向くと、黒髪の愛らしいメイドの娘が洗濯籠を持って立っていた。 「ああ、シエスタ、君も洗濯かい?」 「はい、私はそんなに多くないので、お手伝いしますよ」 才人は喜んでと言うと、さっきまでの憂鬱はどこへやらで、うきうきと洗濯にはげみはじめた。 そのはげみぶりはアクセルがかかりすぎたようで、たいした量を持ってこなかったはずのシエスタの分が終わる前に自分の分が終わってしまった。 仕方が無いから逆にシエスタの分を手伝うことにしたが、それでも彼はうれしそうだった。 「平和ですねえ」 「え?」 「つい2日前くらいには、トリステイン中この世の終わりかもって雰囲気だったじゃないですか。けど、今私達はこうして安心して洗濯をしていられる。平和って本当にいいものですね」 「……ああ、本当に平和っていいもんだな」 才人は幸せそうに笑うシエスタの顔を見て、「ああ、俺がこの笑顔を守ったんだな」とようやく実感した。 虚栄や見返りではない、ウルトラマンや歴代の防衛チームが命を賭けて守ろうとしたものの一端が、少しずつ才人にも芽生えつつあった。 「それもこれも、ウルトラマンAさんのおかげですね」 「ああ、ウルトラマンAのおかげ……あれ? なんでシエスタがウルトラマンAのこと知ってるの!?」 才人は、まさか正体がばれたのではと、内心冷や汗をかきながらシエスタに問いかけた。 「いやですね。才人さんとミス・ヴァリエールがそこかしこでウルトラマンAウルトラマンAって話し合っているじゃないですか、その名前、もう軍のほうで決まったんじゃないんですか? もう学院中の人がその話題でもちきりですよ」 そう言われて才人ははっとした。 そういえば最初の変身の後から今まで、やれ魔法を使わずにどうやったらあんなことができるのとか、あんたのとこにはあんな強いのがいっぱいいるのとか、 いろいろ場所を選ばず、控えめに言っても議論を交わすといったことをしていた気がする。 (噂千里を走るとは、昔の人はうまいことを言ったものだ) 彼はとりあえず正体がばれていなかったことにほっとしながら、ウルトラマンAにこの国の人が変な名前をつけなかったことにもほっとした。 「でも本当にウルトラマンAは私達の恩人です。街でも、いわく、王家が隠していた伝説の幻獣、いわくはるか東方の聖地よりやってきた正義の使者、はては始祖ブリメルの化身などなどすごい話題になってますよ」 街でもなの!? 才人はつくづく自分の軽率さを呪いたくなった。 これからはウルトラマンの話題はルイズとふたりだけの時にしようと、心に誓った。 シエスタは、妙に顔色が悪くなった才人を不思議に思いながらも、そんな才人さんもすてき、などと蓼食う虫も好き好きなことを考えていた。 そして、全部の洗濯物を洗い終わって洗濯籠を抱えあげたとき、当のルイズが現れた。 「ん? ルイズどうした、洗濯なら今日はこのとおり何事も無く終わったぜ」 「あ、そう。今日はおしおきの新バージョンを用意していたのに残念ね。って、違う違う、あんた忘れたの? 今日は虚無の曜日でしょうが」 「……ああ、そうか悪い悪い、すっかり忘れてたよ」 「ったく、記憶力の無い鳥頭なんだから、暗くなる前に帰るから急ぐわよ」 「了解っと、しまった、洗濯物が」 「サイトさん。私がやっておきますから急いでください」 「サンキュー、おみやげ買ってくるから待っててくれよ。おーい、待てよルイズ!!」 ルイズを追って才人の後姿が遠ざかっていく。 シエスタはふたり分になった洗濯物をよいしょと持ち上げると、その平和の重みをかみしめながら歩いていった。 一方そのころ、トリステインの王宮においても、先日の事後処理がようやく一段落付いて、国の重要人物を集めた会議が開かれようとしていた。 「やれやれ、こうも会議会議じゃ老骨にはこたえるのお」 その席の一角にオブザーバーとして招かれていた魔法学院のオスマン学院長がいた。 彼がいるのは防衛軍に少なからぬ数の生徒が志願兵としていることからであったが、貴族同士の会議に口を出すほどの権限は無い。 「皆さん、我々が半月前に現れた未知の侵略者、ヤプールの脅威にさらされているのはもはやハルケギニア全土に知れ渡った事実であります。 けれども我々は、総力を結集して対ヤプール軍を組織し、この脅威に対抗しようとしています。しかし、今回は新たに浮上した重要な案件について話し合うべく、集まっていただいた次第です」 枢機卿マザリーニが、会議の口火を切った。 ヤプールに次ぐ新たな課題、すなわち銀色の巨人、ウルトラマンAのことについてだ。 その正体については誰もはっきりとした答えを言えた者はいなかったが、その人知を超えた力については大いに彼らの興味を引いていた。 あの超獣ベロクロンでさえトリステインの誇っていた軍を敵ともせず、いかなる魔法攻撃にもびくともしなかったのに、あの巨人はその攻撃を易々と跳ね返し、その腕から放たれた光はその巨体を粉々に粉砕してしまった。 だが、議論すべき要点はそこでは無かった。 「こほん、皆さん。その問題はそのあたりでよろしいでしょう。結論として、我々では到底及ばない強大な力を有していることははっきりしています。肝心な問題は、あれが我々の敵か味方か、ということです」 枢機卿がそう宣言した瞬間、場の空気が変わった。 だが。 「無駄なことじゃのう」 と、水をかけたのは他ならぬオスマンだった。 「なんですと、オスマン殿、それはどういう意味ですかな?」 「敵なら我々はとっくに滅ぼされていますよ。それに、あの巨人、ウルトラマンAは我々を守るように現れたし、街にも民にも被害は与えずに飛び去った。第一、仮に敵だとして、超獣以上の力を持つ相手に打つ手などあるのですか?」 言われて見ればそのとおりである。 喧々轟々の議論を予想していたマザリーニにとっては意表を突かれた形だが、周りの貴族達も効果的な反論などはできずに、せいぜいオスマンの無礼を非難する程度であった。 もっともそれも、オスマンがあっさりと非礼を詫びたために貴族達もそれ以上の言及はできなかった。 「おほん、ではこれにて会議を終了いたします。方々にはそれぞれの領地の軍属の精鋭を防衛軍に派遣なさいますよう。 今のままの寄せ集めでは所詮急場しのぎですし、ヤプールが優先して狙うとしたら、ここしか無いでしょうからな」 会議は時間をかけた割には、わら半紙数枚分の密度の内容で終わった。 ただ、この会議からウルトラマンAの名が急激にトリステイン全体からハルケギニア全体へと広まっていくことになったことについては、意味があったと言えよう。 さて、ウルトラマンAのことで国が揺れているとは露知らず、当のルイズと才人は今、虚無の休日を利用して久しぶりに街に繰り出してきていた。 「相変わらず人が多いな。復興が順調だって証拠だ」 「当たり前よ。トリステインの人間はそうそう簡単に国を捨てるほど軟弱じゃないわ、むしろ復興のための資材を運ぶために普段より多いくらい。何度も言うようだけどスリには気をつけなさい」 「はいはい、ところで目的の武器屋はこの先だったよな。このあたりは被害が少なかったから無事だとは思うけど、開いてりゃいいな」 ふたりは路地裏へと入っていった。 目的はベロクロンの騒ぎのせいで買いそびれてお預けになっていた才人の剣の購入、そして目的の店は幸いにも以前と変わらない形でそこにあった。 「おや、これはこの間の貴族の旦那、お久しぶりでやんすね」 店の主人も以前と変わらなくそこにいた。 「失礼するわね。この店、もしかしたら踏み潰されてるんじゃないかと思ったけど、なかなかしぶとい様子ね」 「あっさり死ぬような奴はこの世界じゃやっていけませんやな。そいで、前回は顔見せしたとこで超獣のやろうが出てきてお流れになりましたけど、武器をご所望で?」 「私じゃないわ、使い魔よ」 ルイズはかたわらで物珍しげに武器を眺めている才人をあごで指した。 「へえ、最近は貴族の方々も下僕に武器を持たせるのがはやっておりましてね。毎度ありがたいこってす」 「貴族が武器を? そういえば以前来たときに比べて武器の数が減ってるわね。やっぱりヤプールのせい?」 「それもあります。今、国では壊滅した軍の再建のために武器の類が飛ぶように売れとりましてね。まあ、あまり役に立つとも思えませんが」 主人の言葉にルイズは少々不愉快になったが、言葉にすることはできなかった。 確かに、剣や槍を何万本揃えたところで、あの小山のような超獣に勝てるとは到底思えない。 「ですが、理由はもうひとつありましてね。最近このトリステインの城下町を盗賊が荒らしてまして」 「盗賊?」 「へえ、名前は『土くれ』のフーケって言いまして、貴族を専門にお宝を盗みまくる怪盗でしてね。あの超獣騒ぎで大人しくなるかもと思われたんですが、 むしろ騒ぎに乗じて派手に動くようになりましてね。貴族達も対抗しようにもヤプールのおかげでそれどころじゃないってんで、実質やりたい放題ですな」 「国が大変な時期だってのに、皆の足を引っ張るなんてひどい奴がいたものね」 ルイズは、国のために貴族も平民も必死になっている時に、そんなことをする奴が同じ国の中にいることに憤りを覚えた。 「まあまあ、それで貴族達も自衛のためにこうして武器を下僕にまで与えて身を守っているってことです」 主人は「ま、役に立ったという話はとんと聞きませんが」という一言を我慢して飲み込んだ。 そのとき、武器を物色していた才人が一本の長剣を持ってきた。 「サイト、気に入ったのでもあった?」 「ああ、おじさん、この剣はどうかな?」 才人はその剣を主人に見せたが、主人はだめだだめだというふうに首を横に振った。 「坊主、それはやめとけ、そいつは見た目切れそうに見えるが実際は重さと力を利用して敵を叩き潰す、いわばこん棒に近い武器だ、お前さんの細腕じゃ扱いこなすのは無理だ」 それは決して親切心からではなく、後で貴族にクレームをつけられることを恐れての忠告であったが真実であった。 才人はがっかりした様子でその剣を元に戻した。 「ちぇっ、なかなかかっこよさそうだったのに、残念だなあ」 実は、才人は特に考えた訳ではなく、その剣が少し日本刀に似ていたから手に取っただけであった。 だが、そのとき突然かたわらのガラクタの山の中から、調子のはずれた声がした。 「生言ってんじゃねーよ、坊主。おめーは自分の体格も理解してねーのか、そんなんじゃ武器を持っても即あの世行きがオチだ、そっちのガキんちょを連れてとっとと帰りな」 「なんだと!」 「誰がガキんちょですってぇ!!」 ふたりは悪口が飛んできた方向を見たが、そこには2足3文でしか売れないような数打ちのぼろ刀が並んでいるだけで人影は無かった。 「どこを見てるんだ。ここだここだ、目の前だよ」 なんとぼろ刀に混ざっていた一本のこれまた錆と汚れだらけの長剣が、カタカタとつばを鳴らしながらしゃべっている。 「これって、インテリジェンスソード? こんなところにあるなんて」 「なんだい、それ?」 「一言で言うと魔法で意思を持たせられた剣のことよ。でもそんなにありふれた物じゃなくて、私も見るのは初めてよ」 驚いているルイズをよそに、才人は好奇心のおもむくままに、そのしゃべる剣を手に取った。 「へえ、見た目は普通の剣と変わらないな。お前、名はなんつうんだ?」 「けっ、人に聞くときは自分から名乗るものだ……ん、まさか……おでれーた、お前『使い手』か」 「『使い手』?」 「なんだ、そんなことも知らねえのか。まあいい、これも何かの縁か、俺の名はデルフリンガー、お前はなんていう?」 「平賀才人、よろしくなデルフリンガー。ルイズ、俺こいつにするよ」 才人の意思決定にルイズは露骨に嫌そうな顔をした。 ぼろい、汚い、切れそうに無い、おまけにうるさいとルイズとしては気に入る要素が無かったからだが、結局は才人の。 「でもしゃべる剣なんて珍しいだろ」 の、一言でやむなく承諾した。 「感謝しなさいよ。使い魔のわがままを聞いてあげる主人なんて、普通いないんですからね」 それ以前に主人にわがままを言う使い魔自体が普通いないが。 「感謝してるよ。お前もそうだろデルフリンガー?」 「デルフでいいぜ、よろしくな譲ちゃん」 「譲ちゃんじゃないわよ! たかが私の使い魔の、そのまた下の剣の分際でなれなれしく呼ばないで、下僕らしくルイズ様とお呼びなさい!」 「へーへー、分かったよ譲ちゃん。ん? そういえばお前ら、さっきから妙に思ってたが変わった気配を放ってるな」 「えっ!?」 デルフの思わぬ言葉にルイズと才人は思わず固まってしまった。 「なんつーか、長年人を見続けてると気配を読むのがうまくなってな。なんというか、ふたりだけなのに3人に思えるような、それでいてふたりでひとりのような」 「なな、なに言ってるんだよ、そんなことあるわけ無いだろう!」 「そ、そうよ。何言ってるんだか、ずっとガラクタといっしょに居たからボケたんじゃないの!」 ふたりは慌ててそれを否定したが、冷や汗を流して言葉を震わせて言っても説得力がない。 「ま、そういうことにしといてやるよ」 デルフに顔があったらニヤリと笑ったに違いないだろう。 才人は、この新しくできた奇妙に鋭い同居人を選んでしまったことを少々後悔しはじめて、さらにそれ以上の殺気を送ってくるルイズに、今晩はメシ抜きかなあと思わざるを得なかった。 しかし、ヤプールの魔手は平和を取り戻そうとしている人々の願いとは裏腹に、闇の中から静かに動き始めていたのである。 その夜、月も天頂から傾きだすほどの深夜、とある貴族の屋敷から音も無く現れる人影があった。 長身で細身のようだが、黒いローブを頭からすっぽりとかぶって容姿は分からない。 だが、石畳の上をまったく音も立てずに歩む様は、それが常人ではありえないということを暗に語っていた。 「まったく、ちょろいもんだよ。貴族なんてのはどいつもこいつも、兵隊の数こそアホみたいに揃えてるくせに配置も甘いし居眠りしてる奴もいる。警戒してるつもりなんだろうけど、芸が無いったらないね」 そいつは少しだけ振り返ると、今出てきた貴族の屋敷を見てせせら笑った。 見上げた姿に、わずかに風が吹いてローブの下の顔が月明かりに晒される。なんとそれの正体は女性であった。 年のころは20から30、緑色の髪がわずかにこぼれて美しいが、整った顔には凄絶さが漂っている。 彼女こそが土くれのフーケ、トリステインを騒がせている怪盗その人である。 「まあ、この国のレベルも貴族の体たらくがこれじゃたいしたことは無いね。けど、まだ済まさないよ、忌々しい貴族ども……」 フーケはその腕の中に、今奪ってきたばかりの宝石類を握り締めながら、憎しみを込めた眼差しを貴族の屋敷に向けていた。 と、そのとき。 「復讐したいかね?」 「!! 誰だ」 突然背後からした声に、フーケはとっさにメイジの武器である杖を抜いて身構えた。 「ふふふ」 そこに立っていたのは、コートからマント、帽子にいたるまですべて黒尽くめで身を固めた一人の男だった。 年齢は壮齢と老齢の中間あたり、わずかにしわの刻まれた顔を歪めているが、目はまるで笑っていない。 (そんな、この私がまったく気配を感じられなかった!?) 自身も相当な場数を踏み、熟練の傭兵やメイジ相手にも渡り合えるだけの実力はあるはずだ、だがこの男が現れるのはまったく予期できなかった。 「何者かと聞いているんだ!?」 フーケは胸の動揺を抑えながらも、つとめて冷静に男に問いかけた。 「なに、怪しい者じゃ無い。ただ、君の願いをかなえてあげようと思って来たんだ」 「願い、だって?」 「そう、君は憎いのだろう? 貴族が、君からすべてを奪っていった者達が、だからこんなことをしている……だが、こんなものでいいのかい?」 「なに?」 「いくら秘宝を盗んだところで貴族からしてみれば微々たるもの、時が経てば埋め合わせされてしまう。それよりも、もっと深く、もっと血の凍るような恐怖を奴らに与えてやりたいとは思わないかね?」 「殺人鬼にでもなれって言うのか、寝言は寝て言いな!!」 男の言い口に怒りを覚えたフーケはすばやく呪文を唱え、杖を振るった。 たちまち男の周辺の地面が盛り上がって腕の形を取り、男をむんずとわしづかみにする。 「おやおや……」 「あたしはあんたみたいなのと関わってる暇は無いんだよ。死にな!!」 フーケが力を込めると土くれの腕が男を締め上げる。普通ならこれですぐさま圧死してしまうはずであった。 しかし。 「まったく、気の強いお嬢さんだ」 「ば、馬鹿な!?」 なんと男は鉄柱でさえ握りつぶしてしまうほどの圧力を込められながらも笑っていた。 そして、男が軽く腕に力を込めると、土くれの腕は内圧から粉々に砕け散った。 「くっ、化け物め!!」 フーケはとっさに目の前の地面に魔法をかけて砂埃を発生させ、そのまま踵を返して走り出した。 悟ったからだ、この男は普通じゃない、このままでは危険だと本能が警鐘を鳴らしていた。 だが、走り出そうとしたフーケは10歩も走らぬうちに立ち止まってしまった。 「な、なんだ、ここはどこだ!?」 なんと周囲の風景が一瞬のうちに変わっていた。赤や青の毒々しい空間が回りを包み、今まで居たはずの町並みも貴族の屋敷も何も見えない。 「無駄だよ。ここはもう私の世界だ、どこにも逃げ道などはありはしない」 「なにっ、ぐわっ!?」 振り向く間もなくフーケは男に首筋を捕まれて宙へ持ち上げられた。フーケは振りほどこうとしたが男の手はびくともしない。 (なんて力……いや、それよりなんだこいつの手の冷たさは!? まるで体の熱が全部持っていかれるみたいだ……) 「やれやれ、大人しくしていれば手荒なことはしなくてもよいのに。言っただろう、私は君の味方だ、もっとも私の場合は貴族だけではなくて、人間という種そのものが嫌いだがね」 (やっぱり、こいつ人間じゃない!?) 抵抗する力を失っていきながら、フーケははっきりと恐怖を感じ始めていた。 だが、それでも残った勇気を振り絞って彼女は言った。 「な、何者だ、お前は?」 「おや、そういえばまだ名乗っていなかったね。失礼、私の名はヤプール、いずれこの世界を破壊する者だ」 「ヤ、ヤプールだと!?」 フーケもその名を知らないわけが無い。突然現れてトリステインを壊滅寸前に追いやった侵略者。 彼女はその様子を他人事、むしろいい気味だと思って見ていたのだが、なぜそいつが自分のところへ来るのだ。 「そう、我々はこの世界を見つけて手に入れることにした。ベロクロンは君達の国を難なく滅ぼせるはずだったのだが、あいにくこの世界にも邪魔者がいてね」 「邪魔者だと? それって」 フーケの脳裏に、あのウルトラマンAと呼ばれている銀色の巨人の姿が浮かび上がった。 「そう、ウルトラマンA、我々の不倶戴天の敵さ。奴を倒さなければ我々はこのちっぽけな国さえも奪うことはできない。だがあいにく今我々にはAを倒せるほどの超獣を作り出せるほど余裕が無くてね。そこで君に協力してほしいのさ」 「協力? ふざけるんじゃないよ!!」 「だから代わりに君の願いも叶えてあげようというのさ。なに、君はこれまでどおり怪盗をしていればいい。君には新しい力と、強い味方をつけてあげよう」 ヤプールがそう言うと、その手のひらに小さな光と、続いて黒い霧のようなものが吹き出して、黒い蛇のような形をとった。 小さな光はフーケの肩に止まり、黒い蛇はフーケの首筋に巻きついてうれしそうに首を揺らしている。 「ふっふっふっ、そうか、そいつの心の闇は気に入ったか」 「な、何をする気だ?」 フーケは恐怖に怯えながらもかろうじてそう言ったが、ヤプールはおぞましげな笑いを浮かべると冷酷に黒い蛇に命令した。 「さあ、乗り移れ、ガディバ」 「ひっ!! やっ、やめろぉーーっ!! わぁぁぁーーっ!!」 異次元空間にフーケの絶叫とヤプールの哄笑が響いた。しかし、誰もそれを聞いていた者はいない。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページ鷲と虚無 翌朝、才人はすんなりと起き上がった。 たっぷりと寝た為だろうか、疲労は殆ど感じていない。 そして才人は自分が置かれている状況を思い出し、落胆した。 (はぁ……やっぱり全部夢でした、なんて都合のいい事にはならないのかああ、そう言えばあいつの服を洗濯しなきゃいけないんだったな) 才人は傍らに置いてあったルイズの服を見ながらその事を思い出し、部屋の隅においてあった洗濯籠らしき物に服を放り込んだが一つ問題があった。 ルイズは七時に起こせと言っていたからその前に洗濯を終わらせる必要があるが、今が何時なのかわからないのだ。 携帯電話も腕時計も家に忘れてきてしまったので持っていないし、壁に時計の様な物がかかってはいるが読み方が解らない。そこで才人はノートパソコンを使う事をおもいついた。 (そうだ、パソコンを起動すれば時間が解るぞ) 才人はパソコンを取り寄せ、スイッチを押した。鈍い音と共にパソコンが動き出す。やがてパソコンからOSの起動を知らせる大きな効果音が鳴った。 画面の右下に表示された時計には5時6分と表示されている。時間通りにちゃんと目覚めた事に才人は驚いた。 (てっきり寝過ごしちゃうかと思ったんだけどな……そういや昨日は8時過ぎに寝たから睡眠は十分取ってるな) 時間は確認する事は出来たので才人はすぐにPCの電源を切る PCの充電は出来ないのだから可能な限りバッテリーを節約しなければならないからだ。 そして才人はウォレヌスがむっくりと起き上がるのを見た。 (やべっ、今ので起こしてしまったか?) 今の内に謝ったほうがいい、そう思った才人は口を開き、謝罪の言葉を述べた。 「お、おはようございます。すみません、今の音で起こしちゃいましたか?」 ウォレヌスはそれには答えず、周りを見渡した。そして彼の表情は見る見る内に不機嫌な物に変わっていく。 そして彼は傍らに置いてあった兜を掴むとそれを床に叩き付けた。鈍い音が部屋に響き、才人はルイズのう~んと言う呻きを聞いた。 「あ、あの、大丈夫ですか?ウォレヌスさん?」 才人は一体なんなんだよ、とビクビクしながらウォレヌスに尋ねた。 「うん?ああ、君か……いや、昨日の出来事が夢じゃなくて現実だって事が解ったのでな。だから少し苛立っただけだ。気にしないでくれ」 「そ、そうですか」 少し苛立っただけで床に物をたたきつけないでくれよ、と才人は心の中で悪態をついた。 「ところで何でこんな時間に起きてる?明かりからしてまだ早朝のようだが」 ウォレヌスの質問を才人はおかしく思った。明日は朝の7時起きだと昨日はっきりと言ったのに。 「なんでって…今日は5時に起きて洗濯しろってあいつに言われたからですよ」 「だがまだ5時間目には数時間はある筈だぞ」 意味が解らない。才人はますますそう思った。どう見ても今はもう早朝だ。5時まで数時間あるんならもっと薄暗い筈だ。 そこで才人はある考えを抱いた。もしかしたら彼の国じゃ時間の数え方が違うんじゃないか? 「もしかして俺とあなたの国とじゃ時間の数え方が違うんじゃないですか?日本じゃこの時間が5時なんですよ」 「うーん、確かにそうかもしれん。私の国ではこの時間は……明かりから見て多分2時間目位になるからな」 才人の予想通り、ウォレヌス達の世界と日本では時計が違う。才人には知る由も無いが、古代ローマでは現代の朝の4時半頃に昼の1時間目が始まる。 だからウォレヌスとプッロは朝の7時と言う言葉を現代の12時だと解釈してしまったのだ。 ウォレヌス達と自分の時計のズレを知った才人はもう一つ懸念が出来た。ここハルケギニアの時間の事だ。もしルイズの言った朝の7時が才人にとっての7時でなければ問題になる。 「ここじゃ時間は一体どうなんでしょう?あいつは7時に起こせって言ったけどここの7時が俺の国の7時なのかどうか……」 「私が知る筈が無いだろう。君の国の7時で起こして聞いてみるしkないだろう」 「はあ、まあそうするしかないですよね」 才人はため息をついて答えた。 もし早く起こしてしまっても遅く起こしてしまってもルイズが怒り出すのは目に見えてるが、今の時点では他に確かめる方法も無い。 そして才人はこの二人の正体を確かめなければいけない事を思い出した。 今までの話から考えて彼らが古代ローマの人間だと言う事はほぼ間違いない。 だがそれでも才人は確証を得たかった。もちろん二人が古代ローマ人だと解っても何かが解決するわけではない。 だが少なくとも同じ世界の人間だと解れば、例えそれが2000年昔の人間でも少しは共感というか安心感を持てる。 「あの、覚えていますか?昨日あなたに聞きたい事があるって言ったのを」 「ああ、そう言えばそうだったな。一体なんだね?」 「出来れば外で話しませんか?あいつの服を洗濯しにいかなくちゃいけないし、外の空気も吸いたいし。あと出来ればプッロさんにも来て貰いたいんですけど……」 外の空気を吸いたいと言ったのは嘘ではない。元々が一人用の部屋だから当然といえば当然だが、この部屋にいると窮屈だ。 それにルイズを起こさない様に小声でひそひそと喋るのも面倒臭い。 「ああ、構わんよ。どちらにせよ顔を洗ってさっぱりしたいと思っていたところだ。あいつを起こすからちょっと待っててくれ」 そう言ってウォレヌスは立ち上がると、いびきをかいて寝ているプッロに近づき、声を潜めて話しかけた。 「おいプッロ、起きろ。朝だ」 だが寝ぼけているのか、プッロは上官に対し暴言で返した。 「……ブタのカマでも掘ってろクソ野郎、もっと寝かせろ」 ウォレヌスは何も言わずに剣を鞘ごと持つと、柄をプッロの鳩尾に叩き付けた。 プッロはぶごっ、とうめき声を洩らす。 「い、いったい何を……!」 胸を押さえながらプッロは起き上がる。 「これで目が覚めただろ?とっとと起きろ」 ウォレヌスは全く表情を変えずに呟いた。 そしてウォレヌスはぶつぶつと文句を言っていたプッロに才人の願いを伝える。 「サイト君によれば今からあの娘の服を洗濯する為に水汲み場へ行くので、我々にもついてきて欲しいそうだ。私は顔を洗うついでに行く。お前も来い。あの娘を起こすまでの二時間の間、ずっとここにいてもつまらんだろう」 「ええ、構いませんよ。外の空気を吸いたいし、それに腹がへった。洗濯ついでに何か食い物を探しに行きましょう」 プッロはそう言いながら立ち上がった。三人はルイズを起こさない様にゆっくりとドアを開け、外に出る。 石造りの廊下には早朝の寒さが染み渡っており、才人の肌をついた。廊下には才人達の他誰もいない。 ふと才人は洗濯場がどこにあるのかを知らない事に気付いた。 「あの、お二人は洗濯場がどこにあるか知りませんよね?」 「昨日俺たちが血を洗い流した水汲み場がそれじゃないのか?……そういやお前、俺たちに聞きたい事があるって言ってたよな?一体なんだ?」 来たぞ、と才人は思った。 (まずは二人が何時生まれたかを聞いた方がいいな……) 彼らが本当に古代の地球から来たかどうかを知るにはそれが一番手っ取り早いだろう。 そして才人は歩きながら話し始めた。 「俺が聞きたいのはお二人に関してです。あなた達が西暦何年のお生まれなのか教えてくれませんか?」 ウォレヌスは首をかしげて答えた。 「西暦?それは君の国の暦かい?残念だがその様な暦は聞いた事が無い。ローマの暦では私が生まれたのはカルボとキンナの年、プッロは確か……」 「忘れたんですか?デクラとドラベラの年ですよ」 「ああ、そうだったな。だが君にはそう言っても多分解らないと思うぞ」 ウォレヌスとプッロの時代、ローマでは年は数字ではなくその年に執政官だった二人の名前で呼ばれていた。 「カルボとキンナの年」と「デクラとドラベラの年」を西暦に直せば紀元前84年と紀元前81年。 ちなみにウォレヌスとプッロが召喚されたのはカエサルとレピドゥスの年、紀元前49年になるのでウォレヌスは35歳、そしてプッロは32歳になる。 才人は当然この様な事は全く知らないので困惑してしまったが、すぐにウォレヌスとプッロが紀元前の人間なら西暦と言う言葉を知る筈が無い、と言う事に思い至った。 (じゃあ何を聞けばいいんだ……?そうだ、地理について聞いて見るか) 才人は地理についてそれ程明るい訳ではないが、それでもヨーロッパの基本的な地形は頭に入ってる。 彼らの言う「ローマ」がヨーロッパのイタリアという半島にあるのならそれが地球の古代ローマである考えて間違いないだろう。 そして才人は質問を続けた。 「ありがとうございました。じゃあ次はあなた達の故郷の事についてお聞きしたいんです。あなた達はローマから来たと言っていましたけど、そのローマはヨーロッパ大陸のイタリア半島にあるんですよね? 長靴みたいな形をした……そしてイタリアは地中海に面しているんですよね?」 「ああ、確かに全くその通りだ。だが……ちょっと待ってくれ。君はなぜそれを知っている?」 ウォレヌスは解せないという様な表情で言葉を返した。 そしてプッロも続けて疑問を挟んだ。 「俺もそれが聞きたいね。お前は確かニホンとか言う場所に住んでるって言ったよな?そもそもニホンってのはどこにある?お前は何者なんだ?俺たちはニホンなんて聞いた事もないってのになんでお前はローマの事を知ってる?」 才人はウォレヌスとプッロの答えで二人が古代ローマの人間だと言う事はまず間違いないと確信したが、困った事になってしまった。 二人とも才人をじっと見つめて才人の返答を待っている。 自分に敵意がある訳では無いようだが、かと言って曖昧な返答ではぐらかせるとは思えない。 だが才人は迷った。正直に「私はあなた達の世界の2000年以上未来の人間で、学校でローマについて習いました」と答えていい物なのか。 嘘をついてると思われるかもしれないし、例え信じられたとしてももし「未来でローマ帝国はどうなってる」、とでも聞かれたら面倒な事になる。 誰だって「あなたの国はとうの昔に影も形も無くなっています」なんて言われたらいい気はしないだろう。 最も仮に聞かれたとしても才人はローマ帝国の滅亡に関する知識は殆ど無いのだが。 だから才人はここはうまく誤魔化した方がいい、と判断した。 「お、俺は商人の息子なんですよ。父は若い頃世界中を旅して行商をしてたんです。その時にローマにも行ったそうで、ローマについては父から聞いたんです。将来何かの役に立つかもしれないって」 「ふむ、なるほど……確かに我々ローマ人の商人も相当離れた所に行くのは珍しくない」 「だが、ニホンってのはどこにある?ペルシスか?ひょっとしてインディアか?」 二人は「商人の息子」と言う筋書きには納得したようで、才人はまだ残っている「ニホン」の説明もうまく切り抜けた。 「いえ、違います。インディアのずっと先にある島です」 インディアと言うのは恐らくインドの事だろう、と才人は考えて答えた。そしてプッロは驚いた様に声を洩らす。 「島?こりゃ驚いた。てっきり世界はインドで終わりだと思ってたんだがな……」 「それは違うぞ、プッロ。昔聞いた話によればインドの先にはセリカと言う土地があり、そこには豊かな国家が栄えているらしい。あの絹もそこで作られている物だそうだ」 ウォレヌスの説明にプッロは「世界ってのは俺が思ってたより広かったんだな」と感心した様に頷いた。 そしてウォレヌスは才人の方に向き直り、口を開いた。 「それではそのニホンと言うのはセリカの近くの島、と言う事か?」 セリカと言うのはローマ人の中国を指す言葉だ。もちろん才人はウォレヌスが中国を指しているなどと言う事は全く理解していなかったが、それでも頷いた。 相手が勝手に納得してくれるというのならそれに越した事は無い。 二人は才人のこの嘘を信じ込んだ様で、才人の出自に関してはもう何も言わなかった。 才人は内心でその場で考えたにしてはうまく誤魔化せたな、と自分に感心した。 そして何はともあれ、彼らが地球にそっくりな地形と地名を持つ異世界から来た訳でも無い限り、目の前のこの二人の人間が古代ローマの人間である事はほぼ間違いない。 だが才人の古代ローマに関する知識と言えば「ブルータス、お前もか」と剣闘士がいた程度の物だ。 だから考古学者なら狂喜するであろうこの事実も才人にとっては「大昔の人間が生きて眼前にいる」以上の意味は無い。 むしろ二人に対する感情と言う点では恐れの方が大きい。昨日二人が見せた剣幕は才人の記憶に鮮明に残っている。 でもしばらくはこの人達と一緒に暮らさなきゃいけないだからなんとか仲良くしなきゃな、と才人が考えはじめた矢先にウォレヌスが突如声を上げた。 「ちょっと待て。そもそもなんで君が洗濯をしなきゃいけないんだ?」 ウォレヌスの突然の疑問にプッロも相槌を打つ。 「確かに。ここが貴族の為の学校なら洗濯が出来る奴隷くらい幾らでもいるでしょうに。その為にいるんだからそいつらにやらせりゃいい物を」 才人はプッロの口から出てきた奴隷と言う言葉に軽い驚きを覚えた。 野蛮だから、と言う事ではなくプッロが奴隷にやらせると言う発想をあまりにも当然の事の様に話したからだ。 しかもこの二人は昨日奴隷として扱われると言う事に対して凄まじい怒りを見せている、のにである。 「ど、奴隷ですか……?」 「ああ。ここに何人の生徒や教師がいるのかは知らんが、これだけの大きさの場所なら家事奴隷は沢山いるだろ。そいつらに洗濯物を渡せばいいんじゃないか?」 才人は思い出した。そう、古代ローマには奴隷が普通に存在していたのだ。あの有名な剣闘士だって奴隷だったじゃないか。 だからこの二人は奴隷を使うと言う発想が自然に出てくるのだ。二人が昨日あれだけ怒りを見せたのは「自分が奴隷になる」事のみに対してであって、彼らは奴隷と言う存在自体には一片の疑問も持っていない。 才人はこの事に軽いショックを覚えたが、彼は何も言わなかった。そんな勇気も無いし、第一何を言えばいいのかも、そもそも言うべきなのかも解らなかったからだ。 だから彼は代わりにウォレヌスの最初の疑問に答える事で話題を変えた。 「あいつが、ルイズが言ったんですよ。使い魔としての給金を出すのだから何らかの仕事をしなければいけない、あなた達は用心棒くらいは出来るけど俺には何の特技も無いんだから洗濯雑用をしろって」 ルイズの理論を聞き終えた二人は訳がわからないと言う様な表情になった。 「使い魔としての給金を出すから何かやれ、と言う事なら他の仕事をやらせる方が効率的だと思うんだがな。洗濯雑用なんて誰にでも出来るし奴隷にやらせればタダだ」 「俺もそう思いますね。お前は商人の息子だろ?なら読み書きとか数勘定くらいは出来ないのか?」 才人は首を振った。この世界で日本の文字が通用するとは思えない。誰も読めないし使わない言葉を読めたり書いたりしても何の意味もないし、数学は普通の高校生並みには出来るが、こんな世界で役に立つとも思えない。 「読み書きは出来ますがこの世界の文字は多分全くの別物だから意味無いと思いますよ。数学も少しは解りますけど……意味ないでしょ?そんなの」 「何を言う!」 ウォレヌスは驚いた様に叫び、言葉を続けた。 「読み書きはともかく、数学は幾らでも訳に立つぞ。会計なんかの仕事は言うまでも無いし軍の管理維持にも数勘定は不可欠。実際数が解る奴隷はかなりの貴重品だ。数学が出来る事はあの娘に話したのか?」 「いえ、言ってませんけど……」 そう言う考え方もあるのか、と才人は驚く。確かによく考えれば会計士などは数学が必要な仕事だ。最もそれが高校生レベルの知識で出来るかどうかは別の問題だが。 だが偏見かもしれないがこんなファンタジー世界で数学が大して発達してるとは考えにくい。もしかしたら自分程度でもこの世界じゃかなりの数学能力を持っているのかも、とすら才人は考えた。 「なら言った方がいい。洗濯雑用よりはマシな仕事が出来るかもしれんぞ」 「は、はあ、解りました。じゃあ後で話してみます」 こんな事なら昨日特技はあるかとルイズに聞かれた時この事を答えれば良かったな、と才人は思った。そうしておけば洗濯をする必要は無かったかもしれない。 そして三人は廊下の曲がり角に差し掛かった。 「この先に確か水汲み場があった筈……おっ、あったった」 プッロはそう言って曲がり角の先にあるドアを開いた。 吹き込んできた冷たい空気に才人は思わず身震いをする。 才人は腕を押さえながら外に出、彼の視界にメイド服を着た少女達が10人ほど飛び込んできた。皆井戸の近くで桶の中に入れた服をゴシゴシと洗っているが、才人たちに気付いた後は三人をジロジロと見ている。 (メイドさん!?しかもこんなに?なんでこんな所にいるんだ?) なんで地球のメイド服がここに存在するんだと目を白黒させていると、プッロが肩を叩いた。 「おい、洗濯しなきゃいけないんだろ?早く始めた方がいいんじゃないか?」 「あ、は、はい」 言われるがままに才人が井戸に近づこうとした時、メイドの娘の一人が立ち上がり、声を上げた。 「あっ!プッロさんじゃないですか!」 そして彼女は立ち上がり、三人に向かって走りだした。 「おっ、シエスタか!」 プッロは手を振って答えた。 「知り合いか?一体何時そんなのを作る時間があった?」 ウォレヌスが疑問の表情を浮かべながらプッロに聞く。 「昨日迷った時にですよ。ちょっと道案内をして貰いまして。情けない話ですけどね」 プッロは頭を掻きながら答えた。 「おはようございます、プッロさん!」 「ああ、おはようシエスタ」 プッロは頭を下げたシエスタに笑みを浮かべながら答えた。 「お連れの方たちは昨日一緒に召喚された人ですか?」 シエスタは興味深そうにウォレヌスと才人を眺めている。 才人は黒髪黒目、薄いそばかすがあるシエスタにルイズとは違った愛嬌と可愛らしさを感じた。 「ああ、そうだ。こいつはルキウス・ウォレヌス。俺の上官だ。そんでこっちがヒラガ・サイト。つってもこいつとは俺も昨日会ったばかりだけどな」 「ど、どうも。はじめまして」 才人はシエスタに軽く頭を下げたが、ウォレヌスは眉をしかめたまま何も言わなかった。 「はじめまして、サイトさん、ウォレヌスさん。ここで私はここで働いているメイドで、シエスタと言います。よろしくお願いします」 彼女はそう言って二人に向かって会釈した。 「しかしここで何やってるんだ?洗濯か?」 「ええ、そうです。本当は私は洗濯係じゃないんですけど、する筈だった子が風邪を引いちゃって。だから今日は私が代理でやってるんです」 シエスタの言葉を聞いて才人はあるアイディアを思いついた。 「あっ、そうだ。シエスタ、初対面でぶしつけだと思うけど、ちょっと俺にどうやって洗濯をするのか教えてくれないか?ルイズの服を洗わなきゃいけないんだけど、今まで一度もやった事が無いから不安なんだよ」 自分でも言った通り多少失礼だとは思ったが、手でやる洗濯なんて生まれて初めてやるんだからまず誰かにやり方を教わらなければいけない。シエスタならやり方をしっているし優しそうだから適任だと才人には思えたのだ。 「えっ?なんであなたが?わざわざあなたにやらせなくても私たちにやらせればいいのに」 「使い魔なら何かしろって、そう言われたんだ。どっちにしろ一応は使い魔やる事で金を貰う事になってるからやらなきゃまずいし。それはともかく、教えてくれるか?そしたらほんっっとうにありがたいんだけど……」 才人は手を合わせ、拝むようにして言った。 「え、ええ、いいですよ。私の分はもう殆ど終わっていますし……じゃあついてきて下さい。洗濯板と洗剤は貸しますから。あ、そうそう!プッロさん、ウォレヌスさん、才人さん。あなたたちを他の子達に紹介して良いですか?」 「そりゃ構わんが……なんでだ?」 「召喚の儀式で人間三人が召喚、しかも誰も見た事も聞いた事も無い異国の地から!こんな事一度も起こった事ないんですよ?昨日みんなにプッロさん達の事を話してからと言うものの、みんなあなた達の事に興味津々なんです」 才人には特に異義は思い浮かばなかった。むしろメイドさん達と知り合いになれるのは「色々な意味」で嬉しいし、ここで働く人達と親交を結べてマイナスになる事は無い。 そして四人は井戸に向けて歩き出したが、ニヤけた顔のプッロと才人とは対照的にウォレヌスは不機嫌そうな表情のままだった。 前ページ次ページ鷲と虚無
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autolink ZM/WE13-31 カード名:可愛い担い手 ルイズ カテゴリ:キャラクター 色:赤 レベル:0 コスト:0 トリガー:0 パワー:2500 ソウル:1 特徴:《魔法》?・《虚無》? 【永】他のあなたの「集中」を持つキャラ1枚につき、このカードのパワーを+500。 N:ねえ、これどう? H:じゃあ、これ着てみるから……て、手伝いなさい レアリティ:C illust. 12/05/10 今日のカード。 集中持ちの数だけパンプされるという、珍しい条件を持つ。 とはいえ1枚でバニラと同等であり、上回るのは2枚目以降と少々心許ない。 自身を並べても相互に強化されないため、投入枚数が多すぎても効果を発揮しきれない部分がある。 応援持ちを入れる余裕がないほどに集中持ちを投入したデッキならば、出番があるかもしれない。
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始祖ブリミル降臨暦6242年、春。トリステイン魔法学院の使い魔召喚の儀式にて。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、今日も今日とて呪文を唱える。 それが、この世の終わりを告げる言葉となるとも知らず。 「宇宙の果てのどこかにいる、私のしもべよ!」 「神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!」 「私は心より求め、訴えるわ! わが導きに応えなさい!!」 その瞬間、爆発は起きなかった。……が、すうっと空が暗くなった。皆は思わず空を見上げる。 「……え? 何? 何なの?」 「夕立じゃないよな」「日蝕?」「でも、そんな予報はまだ……」「いや、あれは……」 その日それは、ハルケギニア大陸のあらゆる場所から、あらゆる人々の目で確認された。 空を何か、月ではない、大きなものが飛んでいる。……馬鹿馬鹿しいほど巨大な、隕石だった。 直径はおよそ、400リーグ。アルビオン大陸の横幅の、倍以上はある。 ハルケギニア大陸に大きな日陰ができ、またすうっと明るくなる。 眩しいほどの、よく晴れた空だった。 「…………え? まさか、その、偶然? 冗談よね?」 宇宙の果てのどこかから、それはやって来た。 落下場所は、トリステインの北1,500リーグの、大洋上となろう。 隕石の速度は、時速72,000リーグ。 しかし、隕石があまりに巨大なため、不気味なほどゆっくりに見えた。 ああ、誰がそれを、想像し得たであろう。 世界の滅亡は、ある穏やかな春の昼間、突如としてやって来たのだ。 「え、あの、嘘、ちょっと、何なのよアレはルイズ」 「コルベール先生、あの、私ちょっと、もう一度召喚を」 「アレですか、ここはその、叫ぶ場面なのですかな?」 ついにそれは、この世界に落ちた。その時、全ては震えた。 「………じ、地震よ、これはただの地震よ!! みんな落ち着いて!!」 「「「ああああああああああああ、世界の終わりだあああああああ!!!!」」」 衝突による途轍もない衝撃波で、厚さ10リーグの地殻が、丸ごと捲り上げられていく。『地殻津波』だ。 『地殻津波』に張り付いた、水深4,000メイルの海も、まるで薄皮のように見える。 一辺が1リーグもある巨大な破片が巻き上がる。 内戦中のアルビオン大陸も、ハルケギニア大陸も、あっさりと粉砕されてしまう。 砕かれた破片は、高さ数千リーグ。大気圏を突き抜けて、星空まで達した後に、再び隕石となって地表に降りそそぐ。 煮えたぎるクレーターの縁は、高さ7,000メイル。巨大な山脈のようだ。 クレーターの直径は、4,000リーグ。アルビオンのあった場所から、サハラの一部までを飲み込む。 ……しかし、これは、この災難のほんの入り口にしか過ぎなかった。 隕石の衝突直後。クレーターの輪の中心に、異変の主役が現れる。 灼熱色に輝く巨大な塊。気体になった岩石、『岩石蒸気』だ。その量は、ざっと1,000億メガトン。 ドーム状に膨れ上がった後、押し出されるようにして、一気にあらゆる方角へと広がってゆく。 トリステインの北の海上に落下してから、3時間あまりで、『岩石蒸気』は聖地に達した。 温度4,000度の熱風が、風速300メイルで駆け抜ける。 『岩石蒸気』に覆い尽くされた中、オアシスは瞬時に吹き飛ばされ、蒸発する。 恐るべき『岩石蒸気』は、遥かな『東方』にも到達する。高熱のために、木が次々と自然発火していく。 ジャングルは瞬く間に、火の海と化す。 衝突から一日で、ついに世界は、灼熱の『岩石蒸気』に覆い尽くされた。 『岩石蒸気』は、地表全体を一年近くにわたって覆い続ける。間近に、無数の太陽が出現したのと同じだ。 生命のふるさと、海も、変動に巻き込まれてゆく。 『岩石蒸気』に覆われて間もなく、海面が激しく泡立つ。海が、沸騰を始めたのだ。 激しい蒸発によって、海は、1分間に5サントという猛烈なスピードで下がっていく。 海水が干上がると、真っ白な海底が現れた。塩だ。その塩もたちまち蒸発していく。 むき出しになった海底は、容赦なく熱に晒され、熔岩のように熔け出す。 衝突から、およそ一ヵ月後。海に水はない。平均水深4,000メイルの大洋も、干上がっている。 人類の、またエルフの文明どころか、あらゆる地表に存在した生物は、痕跡も残らず消え去った。 宮殿も、都市も、全て燃え尽き、熔けて流れ落ちた。 直径400リーグの巨大隕石の衝突。 それは、あらゆる生物を根絶やしにしてしまうような、恐ろしい出来事なのだ……。 「……トバ・イチロおおおおおごおおおッッ!!?」 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、自分の部屋のベッドから跳ね起きた。 夢だ。夢、だ。……ただの、夢、だ。おお、世界は今朝も美しい。 今の絶叫は、ただの意味のない寝言だ。ちょっと寝る前に変な本を読んでいたせいだろう。 「そ、そーよ! なんで私の召喚で、爆発が起きるならまだしも世界が滅亡すんのよ!! そんなの起きるはずないじゃない! 世界は永久に不滅よ!!」 ルイズは意識してあははははは、と笑い、不吉な夢を忘れようと努める。 そうだ、今日は神聖な『使い魔召喚の儀式』の日。精神力を無駄にしてはいけない。 今日こそ『ゼロ』の汚名を晴らすような、素晴らしい使い魔を召喚してやろう。 やっぱりドラゴンかな、グリフォンも捨てがたいし、マンティコアなら母様も乗っておられた幻獣だ。 おかしな奴が出てきたら、即刻ご退場願おう。大体こないだから、変なのを召喚する夢ばっかり見ている。 「さ、立派な使い魔を召喚しなきゃ! そのためにはまず、朝食をしっかりとって……」 さて、いよいよ本番。ルイズは精神を集中させ、自己流にアレンジした『サモン・サーヴァント』の呪文を唱える。 「宇宙の果てのどこかにいる、私のしもべよ……」 その頃、地球という惑星のアメリカという国の野球場で、素晴らしい野球選手によって打球がキャッチされた。 彼は強肩だ。その送球はまるで光線のように、まっしぐらに三塁へ向かっていく。 ……あ、その直線上に、銀色の鏡が!! (完)